中学、高校生と住んでいた町の最寄り駅です。 男鹿駅から羽立駅までの間、車窓から眺める線路脇の石垣は、 石垣を境にして昔々は日本海だったのだと教えてくれます。 男鹿市民会館まで列車が走ると、ここが昔海だったのか、と埋め立て地、ひいては街の成り立ちの歴史を体感できるとてもいい路線です。
さて、個人的には大恩のある駅でもあります。
あれは云十年前、猛吹雪、大雪吹きすさぶ男鹿の早朝。 通学列車にタッチの差で乗り遅れた大昔の話をしましょう。 改札の駅員さんに走り乍ら挨拶をした瞬間、無情にも列車は汽笛とともに発車。 発車しました、確かに。私は乗り遅れました、確かに。 プラットフォームで見送りましたもの汽車を。 (正しくはディーゼル車ですが男鹿や秋田では汽車と呼びます)
汽笛一声男鹿駅を~♪ 早や我が汽車は離れたり。なんて歌う余裕は当時無かったですが。
列車は2~30mは進んでいたんじゃないでしょうか。 次の汽車は7:23かぁ、と1時間後をぼんやり考えていたそのとき。
そのとき!!
フォームの車掌さんが私に気づき、汽車に笛で合図。 したらば! 吃驚仰天!! なんと汽車がバックして戻ってきて下さったではないか!! バックですよバック。 今出発した列車がバックして戻ってきている・・・。 時が止まったかと思いました。 目に映る光景が信じられませんでした。 でも、バックしてきてる!!!
当時女子高生だった私めは、何が起こっているのか理解した途端、手が震えて震えて止まりませんでした。鞄、落としたし。 あんなに震えたのは秋田に引っ越して初めての冬以来でした。(そのときは確かマイナス8℃) みんなはちゃんと大雪でも定刻に間に合ってるのに、と思うと 恥ずかしくて恥ずかしくて。 あの冬の朝の乗客の皆々様、申し訳ありませんでした。
ですが、車掌さんや運転士さん、JRの皆々様は、 「これに乗り遅れたらこの子は遅刻してしまう! それは一大事だ!!」 と思って下さったのでしょうね。 一時間に一本の貴重な列車でしたから。 その後、運転士さんはダイヤの乱れを回復して下さって、次の羽立駅には定刻通りの到着。ありがたいったらありません。
乗り込む際にも 「乗れでいがっだな」と窓から運転士さんがニッコリ。 乗客の皆々様も「いがっだな。バックしだのはんづめで見だ」とみんな笑顔。 (「乗れて良かったね」「良かったね。(汽車が)バックしてるの初めて見たよ」) 泣きそうになりました。いつもの四人掛けの席について友達たちに笑われて、その顔をみて安心して泣きました。
大人になった今ならわかります。心から感謝です。 あれ以来、「駅には10分前到着」が身につきました。 (それまでは浦和育ちだったので、正直、数分おきに来る電車のタイムテーブルなんて意識したことがなかったです・・・ごめんなさい)
猛吹雪の中、バックしてくださったJR車両は生涯忘れません。 この眼に焼き付いております。 本当にありがとうございました。
平成に新駅舎になりました。 年末になると、なまはげさんがお出迎えして下さってましたが...
Read moreI loved my visit to Oga peninsula! I was here in 2017. The station was totally in Namahage style. I was really impressed. Next time i hope i can visit here during on of the "Matsuri". Looks like the station also has...
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