因幡三十薬師霊場の参拝でお伺いしました。 曹洞宗のお寺で萬祥山龍徳寺といい、薬師霊場第二十九番札所になります。 御本尊は釈迦牟尼仏です。 開山は享禄二年(1529年)とされている、湯治因幡国を代表する曹洞宗の寺として鹿野にあった譲傳寺の第六世住職の琴雪長素(きんせつちょうそ)が用呂村の「千石岩」の下に堂宇を開いたのが龍徳寺の創始と伝わる。 戦国時代の末期(1615年頃)から江戸時代の初期(1603年頃)に若桜鬼ケ城城主として若桜宿を治めた山崎家盛公と山崎一族の菩提寺である。 慶長七年(1602年)に若桜鬼ケ城の城主山崎家盛公が現在地に遷した、この時に山号を萬祥山とし寺号を龍徳寺と改めた。 江戸期には譲傳寺の末寺に位置付けられていたが、龍徳寺も近傍四寺を末寺としており鳥取藩によって寺領約一反(一石五斗)を安堵されていた。 山門は二階建てで上層は鐘楼堂になっています、境内に石仏の薬師三尊像が安置されています中央の薬師如来は坐像で両脇に脇侍の日光菩薩立像...
Read more「龍徳寺」は鎌倉期から?でしょうか。隣の神社と共通スポットを感じます。「龍徳寺」は曹洞宗禅寺です。 若桜鬼ケ城の城主は矢部氏から始まり時代を経て慶長6年(1601年)4月 山崎家盛氏が城主になりその翌年慶長7年に「龍徳寺」に帰依なされました。これゆえに当寺が山崎家の菩提所となりました。 その子家治も帰依し元和3年(1617年)6月国換えにより備中成羽へ移ります。 寺の門壁が道路に沿い長く続いています。門構えも立派に整いこの地の方々の強い信仰心を現します。 寺院の屋根甍が門外からはっきり見えていて思わず引き寄せられます。次の機...
Read moreお寺の横にある修立幼稚園では夏は泊まりで坐禅会をするようです。墓地の真ん中に樹齢300年以上のイチョウの木があります。 見たことないぐらい太い幹で、お参りの際は幹に手を当ててパワーを頂いています。 てっぺんにト...
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