濱宮(はまのみや、浜宮神社)。 旧社格は村社。 日前國懸神宮(和歌山市秋月)の元摂社であり、両神宮の旧鎮座地であるとともに、伊勢神宮元宮(元伊勢)の1つの奈久佐浜宮(なぐさのはまのみや)であると伝える。 和歌山市西南部の岬(毛見崎/駒ノ御崎)の中ほど、古くは「名草の浜」と呼ばれた海岸部に東面して鎮座する。 との事です。
資料によると、 『国造家旧記』等の古記録により、次のように伝えられている。 神武天皇御東征のとき、神鏡及び日矛を天道根命に託して斎祭せしめ給うた。 天道根命はこの二種の神宝を奉じて、先ず紀伊国名草郡加太浦へ行き、その後加太から同郡木本へ移り、更に木本から同郡毛見郷に到って、琴ノ浦海中の岩上に奉祀した(当神社の発祥と考えられる)。 崇神天皇51(紀元前47)年に至って、4月8日に、豊鋤入姫命が天照皇大神の御霊代を奉戴して名草濱宮に遷座せられ、同時に琴ノ浦の岩上に安置されていた天懸大神(神鏡)・国懸大神(日矛)も濱宮に遷し、宮殿を並べて鎮座せられた。 その後、天照皇大神は、崇神天皇54(紀元前44)年11月に吉備名方濱宮に遷られた後、垂仁天皇の御代に至り、倭姫命が奉じて伊勢の五十鈴川のほとりに遷られ、永久の宮地(現在の伊勢神宮)とされた。 一方、天懸・国懸両大神は、垂仁天皇16(紀元前14)年に名草萬代宮(現在の日前宮)に遷られ、常宮として鎮座せられた。 その由緒により、当神社の第一殿に天照皇大神、第二殿に天懸大神・国懸大神が奉祀されており、「元伊勢の大神」と称えられ、また健康増進についての霊験あらたかな神として「アシ神様」と呼ばれ、広く尊崇されてきた。 とあります。
御祭神: 第一殿(主祭神):天照皇大神。 第二殿(配祀神): ・天懸大神 (あまかかすおおかみ) - 日前神宮祭神の日前大神に相当。 ・国懸大神 (くにかかすおおかみ) -...
Read more濱宮(はまのみや)伝・元伊勢紀伊国奈久佐濱宮 641-0014...
Read more濱宮は元伊勢であり、元日前宮が鎮座していた地でもある。
Wikipediaによると 神話と関わりが深い。『日本書紀』に、天照大神が岩戸隠れした際、石凝姥命が八咫鏡に先立って鋳造した鏡が日前宮に祀られているとの記述がある。社伝によれば、神武東征の後の神武天皇2年、紀国造家(紀氏)の祖神である天道根命(あめのみちねのみこと)が、八咫鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡を賜り、日像鏡を日前宮の、日矛鏡を國懸宮の神体としたとしている。
当初は名草郡毛見郷浜宮に祀られ、垂仁天皇16年に現在地に遷座したと伝えられている。なお、伊太祁曽神社の社伝では、元々この地に伊太祁曽神社があったが、紀伊国における国譲りの結果、日前神・国懸神が土地を手に入れ、伊太祁曽神社は現在地に遷座したとしている。また、日前・國懸両神宮の遷宮前の旧社地に...
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