江古田氷川神社は、室町時代の中期である寛正元年(1460年)スサノヲ命をここに祀った事から始まると言われています。 応仁の乱以前にルーツが遡れる、かなり古い神社です。
10月第一日曜日の例祭日には、神楽殿の前で江古田獅子舞保存会の人々による獅子舞が奉納されるそうです。 当日は、旧江古田村の名主を務めた深野家を出発し、当社までの沿道で華麗な獅子舞行列を繰り広げるありさまは、さながら色鮮やかな絵巻物のようだとの事でした。 昔は江古田獅子舞は病魔退散の祈祷に演じられたとの事で、このコロナ禍においては、御利益のありそうな神社です。 また、この獅子舞は徳川三代将軍家光の上覧にも供したと伝えられています。 旧別当寺に当たる近所の東福寺の解説によると、この近辺は将軍家をはじめとする大名家の鷹狩り場であり、鷹狩りの休息の時に余興として披露したのではないかと思われます。
さて、580年の歴史を誇る神社だけあり、ご神木と思しき竹垣で囲われ、注連縄の張られたクスノキはなかなか立派でした。 また、境内末社の稲荷神社、北野天満社、熊野八幡神社はすべて本殿向かって左側の茂みの中にあり、周囲に配された溶岩から富士信仰の影響が看守できます。
なかなか立派な神社なのですが、惜しむらくは御朱印はやっていないとの事でした。 参拝した時は雨が降っていましたが、社務所と本殿を繋ぐ渡り廊下の屋根を猫が歩い...
Read more中野区江古田の地にある「えこだのおひかわさま」、江古田氷川神社。神社の御由来は、寛正元(1460)年に素戔嗚尊=須佐之男命(すさのおのみこと)を祀ったのに始まるそうです。
小振りながらも風格を感じる社殿は、昭和7(1932)年に改築され現在に至るのだとか。
また案内板によると、中野区指定文化財でもある神楽殿は、弘化3(1846)年に拝殿として建てられ、10月第一日曜日の例祭日には神楽殿の前で江古田獅子舞保存会による獅子舞が奉納されるそうです。古くは病魔退散の祈祷として演じられ、徳川三代将軍家光の上覧にも供したとのこと。
こちらの神社の現在の特徴としては、真新しい高層住宅が社殿後ろに建っている景観に加え、社務所は割と最近に建て直された点が挙げられますね。
また、小さいながらも境内社としては、稲荷神社(商売繁盛・家内安全)と北野天満社(入試・進学)が確認できました。
江古田の森公園から徒歩数分の立地です。中野界隈の散策コースに加えてみてはい...
Read more説明板位には下のように書かれてます。
江古田氷川神社は、寛政元年(1460)スサノヲ命をここに祀ったのに始まると伝えられています。 現在の社殿は、昭和七年(1932)の改築によるものですが、神楽殿(中野区指定文化財)は、弘化三年(1846)に拝殿として建てられたもので、格(ごう)天井には花や鳥が描かれています。 十月一日日曜日の例祭日には、神楽殿の前で江古田獅子舞保存会の人たちによる獅子舞が奉納されます。当日、旧江古田村の名主をつとめた深野家を出発し、氷川神社までの沿道で華麗な獅子舞行列をくりひろげるありさまは、色鮮やかな絵巻物といえましょう。 江古田獅子舞は、「一人立ちの獅子」の系統に属し、大獅子・中獅子の雄に塔が女獅子とともに軽快に跳ね踊る「三匹獅子」の特色を示し、花笠役のほか、朱雀・青竜・玄武・白虎の四神の笠を被ったヤクの登場するのが珍しいとされ、昔、病魔退散の祈とうに演じられ、徳川三代将軍家光の上覧にも供...
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