京王井の頭線で急行待ち合わせがある永福町駅から歩いて5分前後で辿り着く熊野神社です。駅前の商店街の道の広さに比べると閑静な佇まいです。
派手さはないですが、入り口の鳥居前に暗渠と思しき石橋があり、鳥居は三重に設けられています。 石段に融合するように生えている木々の根元が、由緒の古さを思わせますが、その通り、元寇の頃に創建・修復を経て、高輪原の戦い[大永4年(1524年)]の頃にも大改修をしていたのですね。
社殿は戦災に遭わず関東大震災にも崩れなかったようで何よりでした。 徳川家光御手植えの松も立派なもので、樹齢370~400年ほどにも達するのには驚きました。マツは樹齢を長く保つことから「タモツ」から「モツ」、さらに「マツ」へと転化した説があるそうです。 天然記念物のマツ以外にも大きな木が多く、夏場は訪れると木陰で癒されます。
なお、祭神の天御中主命(アメミナカヌシノミコト)は、日本神話の天地開闢において登場する神で、古くは妙見社系の神仏習合によく祀られていたそうです。 平将門を破った平良文は妙見菩薩の加護を得て将門の軍勢を打ち破ることが出来たため、秩父に妙見社を勧請し、これが秩父神社になります。秩父に土着した良文の子孫は秩父平氏となります。後年良文は下総国に居を移し、その子孫が千葉神社を創建しましたが、その祭神も妙見菩薩でした。 和泉熊野神社も秩父平氏系の武士が創建したのかもしれませんね。
[由緒] 当社は旧泉村の鎮守で、祭神は天御中主命(アメミナカヌシノミコト)・イザナギノミコト・イザナミノミコトです。 社伝によれば、文永4(1267)年に紀州(現在の和歌山県)熊野神社の分霊を祀ったのが当社の創建で、弘安7(1284)年に社殿を修復し、その後、北条氏綱が上杉朝興と戦い、、江戸城を攻略した際にも、大掛かりな改修を加えたと伝えられています。 江戸時代には寛永16年(1639年)と元禄9年(1696年)の両年に社殿の改修を行ったことが、棟札によってわかります。 現在の社殿は、文久3年(1863年)の造営で、明治4年(1871年)に修復が行なわれています。 境内には徳川家光が鷹狩りの途中に休息した時に植えたと伝えられる松...
Read more御朱印を頂きに参拝しました。
時は鎌倉時代。第一次元寇(文永の役)が起きる7年前の1267年に、熊野本宮大社の御分霊を祀り上げたのがこの神社の御由緒。…ということはもう幕府は源氏将軍ではなく、得宗体制が敷かれ北条家が中心だった頃の時代ってことかな…?
境内からは縄文時代の遺物も発掘されているので、熊野信仰以前に土着の神が祀られた何らかの祠はあったのかもしれない。 目の前を神田川が流れていて、下の鳥居から河岸段丘を少し登る形で参道が伸び、その一番上に拝殿が建っている。
その拝殿向かって右手にある建物が社務所兼宮司さんのご自宅の様。 柱にインターホンがあるのでそれで応対頂けます。
本来は直書き頂ける様ですが、残念ながらコロナ禍ということで書き置きを...
Read more和泉熊野神社にお伺いさせていただきました。
京王井の頭線の永福町駅から徒歩7分ぐらいです。 他にも東京メトロ丸ノ内線の方南町駅からも徒歩20分ぐらいで来れます。 創建は1267年と歴史がありますね。 緑が非常に多く、拝殿までも階段を上るようになっていて、神社らしい環境でした。 拝殿も1863年建立で、彫刻が素晴らしく見ごたえがあります。 境内は閑静でゆっくり参拝出来ます。 社務所では書き置きの御朱印を拝受出来ますが、印刷ではなくきちんと書いた御朱印でした。 ご対応も親切で帰りはお見送り...
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