桓武平氏高望王流(平良文流)である千葉氏16代の墓所。菩提寺。 千葉氏初代の平常兼(千葉【大介】常兼)から16代です。
お寺の創建は建長6年(1254年)鎌倉時代中期。
勿論、源頼朝公から「父の様に思うぞ」という言葉を賜り、平家討伐・鎌倉幕府創設に大きく貢献した千葉氏のアイコン的存在の千葉常胤公の墓所も有ります。(千葉常胤公を含む最初の3代の墓は他の場所から移されて来ました)
また鎌倉の地に幕府を置いたのも、源頼朝公に対して千葉常胤からの助言が有ったからだとされています。
千葉常胤公は平常兼の孫で、千葉氏3代目当主です。
お寺には立派な五輪塔の墓石がずらりと立ち並びます。やはり鎌倉時代は力を持っていた有力御家人だった事がうかがえます。素晴らしい。 千葉氏は平安末期から戦国時代の初期辺りまで大名家としてお家を存続させています。
しかし…なぜ千葉常胤公(もしくは千葉氏)は「鎌倉殿の13人」のメンバーに入らなかったのでしょうかね?不思議です。
上総広常公の様にあらぬ謀反の疑いをかけられ、粛清や謀殺されるのを警戒し、一歩引いて辞退したのでしょうか?へたに力を持ちすぎると「出る杭は打たれる」という時代ですから… 一族郎党もろとも滅ぼされたら終わりですからね。
いや…頼朝公が亡くなり頼家公が2代目将軍になり、13人の合議制が丁度始まるくらいに、千葉常胤公は亡くなってますかね?多分… ん〜でも嫡男の4代目当主・胤正さんが13人の合議制のメンバーになってもおかしくは無かったと思いますがね…自分は。 もしくは内政を取り仕切るというよりは、戦働きが肌に合う一族だったのでしょうかね。 分かりませんが。 (あと因みに千葉氏は上総氏と同じ系統の出自ですね確か)
お寺には樹齢200年前後ぐらい?のケヤキの大樹が有りました。
関係有りませんが、毎日仕事の途中で通る道沿いに墓所が有ったので、「えっ?びっくり…」という感じでした。 ただ、時折何かが気になり、お寺をチラ見していたのは確かです。何が気になったのかは分かりませんが… 因みに自分は千葉氏とは同族とされている一族です。不思議な感覚ですね。
五輪塔に日本酒...
Read more大日寺は、真言宗豊山派の名利で、千葉領胤が源氏三代の霊を供養するために、建長6年(1254) 松戸の馬橋に創建したものを弘安7年 (1284) 頼胤の子胤宗によって、千葉氏の菩提寺として千葉に移されたと伝えられています。 昭和20年の戦災で全山焼失にあい千葉神社の南側から現在の地に移りました。 境内には、16基の五輪塔が整然と並んでいます。 これらの五輪塔は、千葉常兼から胤将に至る千葉16代の墓碑と伝えられ、銘文は判読できませんか鎌倉時代から室町時代にかけての代表的なものです。 五輪塔の各部の名称は、上から、空輪...
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