2025·R7.8.8 初訪問です。1615·元和元年に廻船問屋が合同で海上安全の願いを込めて"弁財天"(仏教の守護神である天部の一つ=仏様なので"神道の神様"ではない)を祀ったのが始まりらしい。この事が由来して当時は"弁天島"の呼称でしたが、後に"鴎島(昔は旧字で 鷗 )"と呼ばれるようになったとのこと。 一方"弁天様"と崇められていたこのお社は1868·明治元年に明治政府の"神仏分離令·神仏判然令"(明治政府による神道国教化推進策、明治天皇を中心とした国家体制の整備を図ったもの、神仏習合を廃止·禁止して神社から仏教的な要素を排除することが目的)により今の"厳島神社"とされたそうです。 聞くところによると、この神様はお金に細かい神様で、出稼ぎで江差に来た人が頑張ってお金を蓄えても、それを使い果たしてしまわないと故郷へ帰ることを許さなかったといいます。もし、無理やり帰った場合はその旅路の途中で必ず災いがあったということで "やらずの明神" といわれていたといいます(お金を持ち帰らせない、やらないよ、あげないよ...
Read more松前藩の歴史書である「福山秘府」には、元和元年(1615年)回船問屋仲間が海上安全の願いをこめ、弁財天社として建立とあります。北前船関係者、商家の信仰をあつめ、明治元年(1868年)に厳島神社と改称されました。 以前は無かった鴎島に行く途中に目立つ朱色の鳥居は、2015年(平成27年)4月に厳島神社建立400年を記念して建立されたものです。 本殿の鳥居は、天保9年(1838)に加賀国橋立(石川県加賀市)の船頭たちが寄進した石鳥居です。 方向石の手水鉢は江差回船問屋・村上三郎右衛門が航海安全・商売繁盛を祈願しこの手洗鉢を寄進しました。この方向石の設置により、かもめ島は日和山とされ、北前...
Read more836. 2020.08.21
開運丸の奥にある鴎島の 丘の上に鎮座されてました 。 超尻上がりの狛犬さんは アニメチックな感じです 。 真っ赤な社殿は思いの外 、 簡素な造りとなってました 。 ここからは何も見えませんが 少し先の開けた所から望む 景色はとても素晴らしいです 。
無人の神社さんになります 。 姥神大神宮さん...
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