埼玉郡式内社4座の1座。 玉敷神社(たましきじんじゃ)。埼玉県加須市。 式内社(小)、旧社格は県社。 元荒川流域に分布する久伊豆神社の総本社的存在の神社である。
主祭神:大己貴命。
資料によると、 社伝によれば、大宝3年(703年)、東山道鎮撫使・多次比真人三宅磨によって創建された。一説には、成務天皇6年、武蔵国造・兄多毛比命の創建ともいう。 かつては現社地より北方に鎮座していたが、天正2年(1574)上杉謙信の関東出兵により全焼、古記録・社宝等悉く烏有に帰した。後、騎西城大手門前に再建されたが、元和の頃(1620頃)現在の地に遷座したという。
江戸時代までは「久伊豆大明神」とも称されており、埼玉郡の総鎮守として尊崇されていた。 とあります。
参考として、 天正2年(1574)に上杉謙信が私市城を攻略した際に、現在地よりも北方の正能村(現騎西町正能)に鎮座していた玉敷神社はその兵火にかかり消失した。その後、根古屋村(現騎西町根古屋)の騎西城大手門前に再建された(現在前玉神社(加須市根古屋)が鎮座)が、寛永期(1620ごろか)に延喜式内社宮目神社社域に社殿を造営し遷座した。玉敷神社が遷座してきた事で、この地の鎮座神の宮目神社は玉敷神社の境内社となっている(式内社・宮目神社の論社)。平成13年4月に林立していた白樫が倒壞し社殿に直撃。社殿が大破したために同年6月に社殿竣工。 とあります。
久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)とは、 祭神は大己貴命。埼玉県の元荒川流域を中心に分布し、平安時代末期の武士団である武蔵七党の野与党・私市党(きさいとう)の勢力範囲とほぼ一致している。
西側の荒川流域には氷川神社、東側の中川流域には鷲宮神社、利根川・江戸川流域には香取神社が多数分布...
Read more文武(もんむ)天皇の大宝3年(703)に多治比真人三宅麿が東山道鎮撫使として武蔵の国下った時に創建したものといわれ[一説には成務天皇6年(136)の創建とも言う]、平安時代初期、醍醐天皇の延長5年(927)に公布された当時の法制の書「延喜式」の中にその名を記されている由緒ある古社である。以来この地方の人々の広い尊崇を集めてきたが、戦国時代の天正2年(1574)上杉謙信の関東出兵の際、当時今の所より北方数百メートルの正能村(現加須市正能)の地にあった当神社はその兵火にかかり炎上、社殿をはじめ、古記録・宝物など悉く消失した。徳川時代に入り、嘗て根古屋村(現加須市根古屋)に在った騎西城の大手門前に遷座再建されたが、やがて程なくして1627年頃に現在の地に移転鎮座され、今日に至っている。当神社へ江戸時代まで「勅願所玉敷神社、久伊豆大明神」と称し、旧埼玉郡(現南北両埼玉郡)の総鎮守であり、騎西領48箇村の氏神でもあって、広い地域の住民から「騎西の明神様」の名で親しまれ、深い信仰を受けていた。このことから、各地に久伊豆社と称する御分霊社が数多く建立されることともなった。なお現在の社殿は本殿と幣殿が文化13年(1816)の建築であり、その外周を飾る彫刻は当時、江戸三名工の1人として言われた五代目後藤師茂右衛門の作である。また、拝殿は明治31年(1898)...
Read moreCalm and very nice place. Next to the shrine is a small park of wisteria and hydrangeas. I visited it in April, but I think by November the shrine will also looks pretty with yellow...
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