【鎌倉殿の13人】ゆかりの地は埼玉に幾つもあるが、ここは幟り旗を掲げていない所ですね!
幟り旗を掲げている所は金剛寺.宗悟寺.比企尼館跡.大蔵館跡.菅谷館跡.畠山重忠公史跡公園.満福寺.源範頼の館跡息障院.そして静御前のお墓など挙げればきりがない。
ゆかりが有り、異彩を放つお寺と言えば国宝で有名な妻沼聖天山だ。日本三大聖天様のお寺にもなっている。 鎌倉幕府征夷大将軍源頼朝公に仕えた斎藤別当実盛(鎌倉殿のゆかりの者)が開基したお寺です。自念仏をお祀りしたのが始まりとなり大聖歓喜天は秘仏本尊となっています。
聖天様のお寺の本坊として、後に創建されたお寺を斎藤別当実盛の御子息が開山しました。
面白いのは御父さんの実盛が開いた方の本尊が歓喜天(御正体錫杖頭)、次男斎藤実長が出家して阿請房良応となり1197年に本坊を開き本尊は十一面観音をお祀りしているところですね!
彼は知ってのことなのか聖天様の本地仏は観世音菩薩又は大日如来ですから、本坊創建と云うことで十一面観音をお祀りしたのでしょう! 況してや観音菩薩の中でもお力を沢山お持ちの十一面観音をです。その辺はきっと分かっていたことでしょうね。
お寺は夫々(それぞれ)ご縁のある仏様がお祀りされる訳ですが、親と子・子院と本坊・権化身と本地仏、この関係に気付かせて貰ったことに感謝する次第だ。
✳大聖歓喜天の本地仏は十一面観音、本坊よく考えた創建ですね。
【参考までに】 冒頭に挙げたお寺や館跡を記載しておきますね。
清月山金剛寺 : 川島町の真言宗智山派 本尊阿弥陀如来 比企一族の末裔の屋敷跡。
扇谷山宗悟寺 : 東松山市の曹洞宗 本尊釈迦牟尼仏 若狭の局.頼家位牌。
比企尼館跡 : 滑川町 頼朝の乳母比企尼(三門館跡)。
大蔵館跡 : 嵐山町 源義賢が討たれた屋敷 子の駒王丸(木曽義仲) は斎藤別当実盛の計らいで木曽に逃れる。
菅谷館跡 : 嵐山町の 畠山次郎重忠の館跡。 土塁.空堀は後の時代の小田原北条(後北条)に依り大きくした。
畠山重忠公史跡公園 : 旧川本町の重忠公の生家跡。鵯越の逆落としの銅像は愛馬三日月号。産湯の井戸。五輪塔のお墓。
白田山満福寺 : 旧川本町の真言宗豊山派 本尊不動明王(脇侍.有) 重忠再興の菩提寺。 重忠公の実山宗真大居士の位牌がある。 観音堂には等身大の守り本尊十一面観音があり、住職様が作者は分 からないと仰っていたので、後に 行基菩薩とお教えした。
源範頼館跡 : 源頼朝の異母兄弟 で蒲冠者と申す。 土塁空堀が僅かに残る。 山号は吉見観音と仝じであり、元は両寺院の中間辺りにあり2つになった。範頼館跡はいまは智山派息障院である。
静御前のお墓 : ...
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Read more聖天山参拝者駐車場の近くにあったので、こちらが歓喜院聖天堂なのかと勘違いしてしまいました。間違える方も多いのでしょうか、「国宝「本殿」200m先」の案内が出ていました。 こちらは、本坊。斎藤別当実盛公の次男、実長(出家して良応僧都)により、聖天行者の修行所として建立され、同時に御本尊として十一面観世音が寄進されたそうです。 歓喜院の建物はどれも彫刻が見事ですね。本坊切妻屋根破風には「鳳凰」、正面梁上には「双龍」が彫刻されていました。 境内には番号が振られ、お寺の名が記された石板がいくつか置かれていて、何かなと思いました。この後、伺った聖天堂や参道にも石板があって、四国八十八ヶ所霊場を模したものなのかと気が付きました。すべて巡ると四国八十八ヶ所をお参りしたのと...
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