大石順教尼の苦難の生涯
両腕のない尼僧として有名な大石順教尼です。
明治38年(1905)6月21日、大阪堀江の遊郭「山海楼」の主人、中川万次郎が、お愛という後妻が万次郎の甥と駆け落ちした事に腹を立てて逆上し、逃げたお愛の母親のお駒、20歳になるお愛の弟の安次郎、14歳になる妹のおすみ、そして養女にしていた芸妓の梅吉、おきぬ、妻吉の6人に次々と斬りかかり、5人を惨殺するという痛ましい事件が起こりました。
「大阪堀江の六人斬り事件」と言われる事件ですが、この時、両腕を斬りおとされながらも、一命を取り留めた芸妓が、当時17歳の妻吉でした。
妻吉こと大石よねは、明治21年(1888)3月4日、大阪の道頓堀に生まれ、12歳で京舞の名取となり、その才能を見込まれて、15歳の時、中川万次郎の養女となりました。「妻吉」と名を改めて芸妓の道に精進していましたが、この事件に巻き込まれて両腕を失い、17歳の若さで、この世の生き地獄に突き落とされたのです。
事件を起した中川万次郎は、元は犬養欣也という、尾張徳川家のお殿様お気に入りの小姓でしたが、浮橋という10歳年上の奥女中と深い仲になり、その事がお殿様に発覚してお手打ちになるところを、お殿様の計らいで許され、おひまを出されます。
放浪の旅に出た二人は、やがて別れ、一人で大阪に出てきた欣也が堀江の山海楼で遊んでいるところを、山海楼の一人娘、お八重の眼にとまり、欣也にほれ込んだお八重のたっての願いで、二人は夫婦になります。
欣也は中川家の養子となり、この時から中川万次郎と名乗るのですが、浮橋の亡霊にでも取り付かれたかのように、八重がおかしくなってゆき、やがて万次郎は、おすえという後妻をもらいます。
平凡な夫婦生活が始まりますが、恋多き万次郎は、第三の妻となるお愛と恋愛関係になり、二人の間に女の子が生まれます。これを好機とばかり、お愛は自分を本妻にするよう万次郎に迫り、万次郎はやむなくおすえと別れ、お愛を本妻にするのですが、お愛は多情な女で、店に来る若い男と仲良くなり、武士上がりの万次郎は、嫉妬心に燃えるようになります。
やがてお愛は、万次郎の甥をそそのかし、二人で駆け落ちをしてしまいますが、武士上がりの万次郎は、自尊心を傷つけられた事がどうしても許せず、ついに6月21日未明、山海楼にいた6人に斬りかかり、5人を惨殺するという大事件を引き起こすのです。
こうして、突然の悲劇に見舞われながら、ただ一人生き残った妻吉の苦難の人生が始まったのですが、両腕を失った妻吉には、舞を踊る両手がありません。国による生活保障もない時代に、両手を失った17歳の少女が生きる道といえば、見世物芸人くらいしかありませんでした。そこで妻吉は、やむなく、三遊亭金馬の一座に入り、「松川屋妻吉」と名乗って、不具の身である自分の姿を見世物にしながら、寄席や地方巡業で生計を立てていたのです。
ところが、ある日、巡業先の仙台で、鳥篭の中のカナリヤが、口で雛に餌を運んでいる姿を見て心を打たれ、自らも筆を口にくわえて書画を書くようになります。 (大石順教尼) くちに筆 とりて書けよと教えたる 鳥こそわれの 師にてありけれ 学ばざる 身なれど文字を書くという そのよろこびを くちに筆かむ
明治45年(1912)、日本画家、山口草平と結婚して一男一女の母となりますが、その後、協議離婚し、「堀江六人斬り事件」の犠牲者の冥福を祈るため仏道生活に入り、昭和8年、紀州高野山で出家得度して、名を「順教」と改め、自分と同じように身体に障害を持つ人々の救済に、その生涯を捧げました。 (大石順教尼) つみふかく あわす手もなき身をもちて 大師のみ子と なるぞ嬉しき
身体障害者の心の母となり、慈母観音と慕われた大石順教尼ですが、書画の道でも日展に入選するなど、その才能を発揮し、昭和37年(1962)には、日本人として初めて世界身体障害者芸術協会の会員に選ばれました。
そして、昭和43年(1968)4月21日、障害者の救済道場として自らが開創した京都市山科の仏光院において、波乱に満ちた81年の生涯を閉じたのであります。 (大石順教尼) 何事も なせばなるちょう言の葉を 胸に...
Read more勧修寺を後にして 歩き始める
小さな寺院ですが 門が開いており 引き込まれるように 佛光院と書かれていた
佛様 ひっそりと佇んでおられます 天井には 美しい絵が
ただ手入れが あまりされていないよに 見受けられる この寺院は 若き頃事件で 両腕をなくした女性(後の大石順教尼)が 再興したお寺で 身体障がい者の救済にも尽力された 境内には、 大石順教尼に関する資料も展示されていました
お亡くなりになられて 50年以上が経ち 管理も大変なのでしょうか‥
ひっそりと
寂し気にも感じましたが 季節の花々は ...
Read more勧修寺の前に案内がありますが、勧修寺のすぐ近くにある佛光院。 本堂の横の観音様のお堂の天井の絵が、とても綺麗でした。 本堂の裏手の庭も、少し覗きましたが、綺麗な紅葉が見られました。
御朱印は書置きのものが数種類あり、秋...
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