美和神社(みわじんじゃ)。長野県長野市三輪。
式内社(小)、旧県社。善光寺七社の一社。
主祭神:大物主命 相殿:國業比賣神 神部神
資料によると、 創建は不詳。祭神・社名とも大和国の大神神社と同じで三輪系の神社であるが、その由来は定かでない。『善光寺縁起』には、大和三輪出身の三輪時丸が善光寺に参詣しそのまま当地に留まった、このとき大神神社の神体を奉納したので大神神社には神体がない、という伝説が記されている。 これはこの地に三輪氏系の人々が移住したことを示すとも解され、周辺には時丸の塚と称するものと時丸寺がある。また、長野市信更町田野口にある松ノ山窯跡からは、堺市に存在する陶邑窯跡群と形態的・技術的類似性が認められる土器が出土しており(和泉陶邑窯編年で6世紀初頭と考えられているTK47型式(~MT15型式)に比定されている)、陶邑の窯は三輪氏の配下の渡来人が運営していたと考えられていることから、ここからも三輪氏が長野市に移住してきていた可能性が指摘されている。
貞観8年(866年)には兵疾の災いを防ぐため、「三和神・神部神」への奉幣読経がなされており、この地方の重要な神であったことがうかがわれる。『延喜式神名帳』には「信濃国水内郡...
Read more延喜式神名帳の信濃國水内郡の項に記載のある式内社。 長野電鉄の本郷駅北口を出てすぐのところに鎮座。 善光寺七社の一社。 境内入口の前を長野電鉄の線路が通っていて、街中にあるのだが、境内は広く巨木もあって、いい雰囲気。
御祭神は大物主命、相殿に國業比賣神と神部神を祀る。 三代実録には貞観八年(866)二月七日に三和・神部の両神、忿怒の心あり、仍りて、国司・講師をして奉幣読経し、之を鎮めしむ、とあります。また、相殿に祀られる国業比賣神も貞観三年に神階を与えられているという古社。
境内入口の鳥居は三輪鳥居で、大和の大神神社との関係が窺えます。 大和から三輪氏がこの地に来たときに勧請したものという説が一般的のようです。
山梨県笛吹市には甲斐國二之宮の美和神社がありますが、こちらも大和國大神神社からの勧請といいます。 長野県には畿内からの移動を示す神社が多いのですが、こちらもまた...
Read more2025年5月7日に訪れました。 三輪鳥居を見るのは久しぶり。三輪鳥居は確か、正式なくぐり方があったような気がしたが、普通に真ん中をくぐり、拝殿でお参り。 境内のケヤキの御神木にコブがいくつも付いていて、滋賀県の癌封じで有名な神社を思い出す。コブに触り、親族の病気平癒を祈り、大物主神に感謝申...
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