勝竜寺城からJR長岡京駅へ向かう途中にある神社です。 旧神足村(こうたり)の産土神です。式内社で「延喜式」にのる乙訓十九座の1つとのことで、歴史ある神社です。御祭神は、舎人親王(天武天皇の皇子)であるといわれている。この神社には、桓武天皇の夢としての伝説が残っています。田村(神足村の旧名)の池に天から神が降り立ち、宮中を南から襲おうとした悪霊を防いでおられた夢を見た。天皇は、目覚められ、田村にこの神を祀る社を立てさせ、太刀と絹を光蔵させた。以後この社は、神足神社と、田村は神足村と呼ばれるようになったとのことです。
又、境内には、勝竜寺城の土塁と空堀が残っているます。神社仏閣に興味がある方は参拝されては如何でしょうか。
勝龍寺城は細川藤孝の居城として知られています。「山崎の合戦」では明智光秀がここに本陣を構えました。当時の遺構としては、近隣にある神足神社境内に空堀や土塁が残っています。現在、本丸および沼田丸趾が勝竜寺城公園として整備されており、櫓を模した管理棟が建てられています。勝龍寺城は細川忠興・ガラシャ夫妻が盛大な結婚式を挙げ、新婚時代を過ごした城でもあり、城内にはふたりの像が建てられています
アクセスは、JR京都線長...
Read more神足神社(こうたりじんじゃ)。京都府長岡京市大字神足小字神足。
式内社(小)、旧村社。
【祭神】天神立命
資料によると、 当社の創建・由緒は詳らかでありません。御祭神も『先代旧事本紀』に山背久我直等の祖とある「天神立命」とする説、天武天皇の御子である「舎人親王」であるとする説などがありはっきりしません。多くの古い資料では祭神は不詳であるとしています。
桓武天皇の頃、東方よりの光が田村(旧神足)の池中に降り立ち、自らを神足遊戯神道と称したという。(「神足大明神縁起」 この伝説からは淀川・桂川に沿って遡上する悪霊を防ぐためにサイノカミ的に祀られたことが示唆されているように思えます。サイノカミや道祖神は足の神ともされることから神足村の名から連想された可能性も考えられるかもしれません。
緩やかな南斜面にある。竹の叢林がある。
この付近は古来より開かれた地域で縄文時代の遺跡や弥生時代の石剣・管玉などが出土している「神...
Read more2025.4.12 創建年不詳、主祭神は天神立命、舎人親王を祀る。神足村の池に神が舞い降り、宮中を悪霊から守ったという夢を見た桓武天皇が"神を祀る社殿を建てよ”それが始まりと伝わる。
”神の足"と表記する事から足の神様として祈願。有名なマラソンランナーも来ていた。百度ならぬ千度参られよの碑も有る。 末社の野神天神、そして近くには勝竜寺城の土塁や虎口等、町の中にも遺跡が残っています。
2020.11.3 JR長岡京から目的地の勝竜寺に向かって歩く。目立つ看板(写真)ここが勝竜寺城の入口とある。初めて参る人は100%引き込まれて入る。帰り道100%笑ってる。へへっ...
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