多磨郡式内社8座の1座の小野神社の論社。 式内社(小)論社、武蔵国一宮を称する。旧社格は郷社。
主祭神:天下春命(あめのしたはるのみこと)。 配祀神:瀬織津比咩、伊弉冉尊、素戔嗚尊、大己貴大神、瓊瓊杵尊、彦火火出見尊、倉稻魂命。
資料によると、 小野神社は武蔵国府の国司が祭る武蔵総社六所宮の内、一宮とされる。国府のあった府中の地は小野郷と呼ばれ、小野氏の居住する地であったらしく、氏神として小野神社が祭らたとされている。 多摩川の氾濫により遷座を繰り返した結果二社になったとする説があり、府中市が元社で、多摩市に遷座したとする説もある。
当社は安寧天皇18年2月初末の日御鎮座と伝えられ武蔵国開拓の祖神である天下春命(あめのしたはるのみこと)を主神として御奉祀申し上げて居る由緒ある神社である。御社名は上代此地の呼び名であった小野の郷に由来するものであるが其の霊験の灼かなる神社としてやがて朝廷の上聞にも達せられ数々の奉幣にも預かり元慶8年7月には正五位上の神階を授けられた。又、廷喜式が撰せられた折には武蔵国八座の一社として登載された。且つ国府の近在なることに由いて国司や住民の崇敬も殊の他篤く総社六所宮創建の砌には東殿第一次の席を与えられて一之宮と称された。 とあります。
参考として、 主祭神:天下春命(あめのしたはるのみこと)について調べて見ると、 天表春命・天下春命(あめのうわはるのみこと・あめのしたはるのみこと)は、 『先代旧事本紀』の「天神本紀」によると、両神は共に八意思兼神の御子神で、饒速日命が天磐船に乗って天降った時、護衛として随従した32柱の神の2柱とされる。 天表春命は信乃阿智祝部(しなののあちのほうりべ)等の祖神とされる(戸隠神社、阿智神社など)。 天下春命は天表春命の弟神と見られ、知々夫国造(ちちぶのくにのみやつこ)の先祖とされる。この国造族が大伴部氏と推定されている。初代知々夫国造は天下春命の9世孫の知々夫彦命で、崇神天皇の御代に国造職を賜ったとされる。
小野神社につては、兄武日命がこの地の国造となり、天下春命を御祖神として奉斎したとあり、兄武日命は兄多毛比命で、その児とされる4人が、胸刺(武蔵)、波伯(鳥取西部)、大嶋(周防大島)、菊麻(上総市原菊間)の国造に任じられています。 ヤマトタケルと関東東北を平らげた後、随行していたタケヒが胸刺(武蔵)の国造となり、 「兄多毛比」とは「大伴武日」のこと、と推定しました。
新編武蔵風土記稿では、「武蔵国はかつて三国(无邪志(ムサシ)国造、胸刺(ムサシ・ムナサシ)国造、知々夫(チチブ)国造)だったたことから、その内の胸刺(ムサシ・ムナサシ)国の一宮であったものの、三国が一国に統合された際に、无邪志(ムサシ)国の一宮の氷川神社が一宮になったのであろう」と推定し...
Read more京王線 聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩10分程度。西口を出て、「聖蹟Uロード」を多摩川の方へ進み、最初の信号を左折。「宮下通り」を少し歩き、右側に「一ノ宮渡し」を記念したモニュメントが見えたら、その先を左に進んですぐ。モニュメントを過ぎたあたりから道にそって、綺麗な水が流れています。
「多摩市立 一の宮 児童館」の左側に、小野神社の赤いご本殿が見え、そこから境内に入る事ができますが、正面の鳥居から入りたい方はそのまま直進してください。
境内は広くて綺麗なのですが、どこか殺風景。ロケーションは良いし、これだけの敷地があるのだから、何か工夫すればそこそこ参拝者の多い神社になるのでは?と思います。
小野神社は、かつて武蔵国一之宮だったとのこと。府中市にも同じ名前の神社があり、多摩川の氾濫等で遷座したのか、一方は分祠であるのかは不明。武蔵国一之宮から六之宮までを合わせ祭る大國魂神社(六所宮、ろくしょのみや)では、小野神社が一之宮とされています。近くの府中市に、武蔵国の国府が置かれていたこともあり、中世以前、小野神社が武蔵国一之宮であった事は、間違いないらしい。
現在は、さいたま市の氷川神社の方が武蔵国一之宮として有名ですが、氷川神社が逆転して一之宮になったのは、室町時代の後期とみられています。
社格を上げたい大國魂神社が、一之宮である小野神社を内部に取り込み、その結果、小野神社は衰退したとか、氷川信仰が中世以降、坂東武者(ばんどう むしゃ)の信仰の対象になり、武蔵国(特に荒川の本支流域)を中心に氷川神社が多く勧請され、その勢力は非常に強いものであったと推測でき、総本社となったのが、さいたま市にある氷川神社であり、当然、納税額も多かったからではないかと考えられているようです。
ご祭神は天下春命(あめのしたはる の みこと)と瀬織津姫命(せおりつひめ の みこと)で、開墾の神と水の神。古くは土地の開拓と多摩川の治水を願って祭られたようで、瀬織津姫命は、古事記や日本書紀には登場しないのに、神道の大祓詞(おおはらえの...
Read more小野神社 京王線聖蹟桜ヶ丘、川崎街道から「小野神社入口」の信号を右折して参道に続く「小野神社通り」に入った先に鎮座する小野神社神社は、その名に「武蔵国一之宮」と付きます。「武蔵国総社」である大國魂神社にも、「一之宮小野神社」とあります。しかし、昨今、武蔵国一之宮といえば、大宮の氷川神社の方が名が知られています。大國魂神社には、氷川神社は三之宮として記されています。 なぜ、一之宮が二つになってしまったのか、その経緯は明らかではありませんが、さらに複雑なのは、多摩川を挟んで府中にも小野神社があることです。 多摩川の氾濫によって、小野神社は遷座を繰り返しました。その過程で二つに分かれてしまったのでしょう。 今日では、府中の小野神社は神職の方が常駐しておらず、他の神社の兼務社になっているようです。 このように複雑な背景を持った小野神社ですが、創建の年代は宝亀3年(772年)に作成された太政官符に初めてその名が登場しているとのことです。 境内は、同じく一之宮を名乗る大宮氷川神社と比べると、規模こそ小さく感じますが、彫刻を施された随神門などに歴史を感じさせ、朱塗りの拝殿、本殿は、目にも鮮やかです。 ご祭神は、天下春命、瀬織津比咩命、伊弉諾尊、素盞嗚尊、大己貴大神、瓊々杵尊、彦火火出見尊、倉稲魂命という、そうそうたる八柱の神々が主祭神として祀られています。 摂末社は下記の通りです。 伊勢神宮内宮・祭神:天照皇大神 伊勢神宮外宮・祭神:豊受大神 三嶋神宮・祭神:事代主命 八坂神社・祭神:須佐之男命 愛宕神社・祭神:軻遇突智命 安津神社・祭神:日本足彦國押人命 日代神社・祭神:大足彦忍代別命 鹿島神社・祭神:武甕槌命 子安神社・祭神:木花開耶姫命 厳島神社・祭神:市杵嶋姫命 方便神社・祭神:鹽土老翁命 堰宮神社・祭神:水分神 秋葉神社、稲荷神社 ・・・と、これまたそうそうたる社と神々が祀られています。 ただ、境内には目立った所では小さなお社が一つと、稲荷社が一つ、それと大きめな建物が一つあるだけなので、(各お社に説明書きが無いので、詳細不明)多くは合祀されているものと思われます。 御朱印は、ネット上の情報によると、予め電話か公式ホームページの問合わせフォームでお願いしておいた方が良いとのことだったので、そうしました。 お詣り後、社務所で予約の旨を神職の方に伝えて拝受します...
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