It is quite a unique temple, very beautiful to explore. There are people who come to pray. In the video you will hear a background music. I think a ceremony was going on. You can walk around the complex freely. You can see this temple along the way if you walk back from Kitayama Park to...
Read more東京都下は東村山市にあります「金剛山 正福寺」です。 鎌倉幕府執権に関わりが有り、国宝の建造物が有るとの事で見学です。
開創は弘安元年(1278年)鎌倉時代中期。 開基は鎌倉幕府第八代執権の北条時宗です。
因みに北条時宗は「鎌倉殿の13人」で御馴染みの 北条義時から四代ほど後裔の玄孫にあたります。 またモンゴル帝国の侵略「元寇」を退けた名君でも有りますかね。
正福寺に残るエピソードとしては 北条時宗がこの地に鷹狩りに来た際に命に関わる大病にかかりました。そして夜に床(とこ)に伏せっていると…夢の中に地蔵様が現れ「これを飲みなさい」と丸薬を差出しました。 北条時宗は夢の中で、その丸薬を飲みました。すると翌朝から病はどんどん回復しました。 北条時宗は感謝を込めて、地蔵様の供養の為に正福寺を開創したという事です。 事実というよりは伝説という感じですね。
正福寺の境内には、東京都で二つしか無い国宝の内の一つ「千体地蔵堂」が有ります。 もう一つの東京の国宝が赤坂の迎賓館ですので、木造の国宝としてはここ千体地蔵堂が東京都では唯一の物との事です。 千体地蔵堂の建立は応永十四年(1407年)室町時代です。 因みに山門は江戸時代の中期ぐらいの建立らしいです。もともとは朱色だったらしく、薄っすらと朱色が残ります。
ここ正福寺の千体地蔵堂は 東京都のど真ん中に有る華やかな迎賓館と比べると…こちら非常に地味な国宝ですが…でも歴史が違います。 あちら迎賓館の建設は明治四十二年(1909年)ですから約115年ぐらいの歴史ですが、こちら千体地蔵堂は約615年ぐらいの歴史ですから。
また、いくら華やかさは迎賓館に劣るとは言え、純日本建築の侘び寂びの有る、静かな木造の威風堂々さが見て取れます。洋風建築に比べ決して派手さは無いですが…日本人のアイデンティティをビシビシと感じる事が出来るかもしれませんね。 綺麗に反り返った形状の美しい屋根や、その屋根を支える屋根下の緻密な木組み辺りが見所でしょうかね。
現存十二天守と同じ国宝ですから是非にブラリと訪れてみましょう。
それにしても…やっぱりちょい地味かな(笑) ...
Read more東京都は指定を受けている国宝の件数は全国でダントツの一位(281件)なのですが(意外にも古都、京都や奈良ではない)ほとんどは東京国立博物館などの博物館やコレクターが外部から持ち込んだもので、東京地元由来の国宝というのは非常に少ないのです。
その数少ない、そして都唯一の木造国宝建造物がこの正福寺千体地蔵堂なのであり、 中には本尊の地蔵菩薩が安置され、千体地蔵の名の通り沢山の小地蔵像が本尊を取り囲んでいるそうです。「そうです」というのは、通常なら年に3回一般公開されているのですが、今年はコロナ対策で中止されており私自身は見ていないからです。残念!
今は外観しか拝見出来ませんが、でも「国宝」は伊達じゃありません。小さいながらも虚飾を廃したその姿はシンプルな佇まいながらも、同時に屋根は優美な曲線を描きエレガントでもあり、見ていて飽きることがありません。 より専門的には、これは鎌倉時代に中国から入ってきた建築様式で、「禅宗様」と呼ばれています。分かりやすい特徴は、緊張感を漂わせるピィンと跳ね上がった屋根先の反りです。 リズミカルに美しいカーブが連続する桟唐戸、さらに屋根の重量を拡散する構造材である組物も建物の美しさを引き立てています。組物は本来、構造的には柱の上にだけ設置されていれば用は済むのですが、禅宗様の場合は軒裏の装飾を目的に柱と柱の間にまで密に組物が配置されているので「詰組物」と呼ばれています。特徴の一つなのでご注目ください。
室町時代の応永14年(1407年)の創建以来、人々の喜び悲しみ栄枯盛衰をずっと見つめてきた地蔵堂は、我々の知らない未来の人々も、これからずっと見守り続けるのでしょうね。永遠の命が与えられている訳で、...
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