法泉寺の創建は醍醐寺三宝院流乗海和尚が開山したのが始まりと伝えられています。応安7年(1374)、領主である小田城主小田孝朝によって小田領四ヶ寺(普門寺・大聖寺・法泉寺・南円寺)が定められると法泉寺もその1つとなり以後、歴代小田氏から庇護され寺運が隆盛し200を超える門徒を擁しました。当初は諏訪ノ台にありましたが祐尊和尚によって中興され応永年間(1394~1428)に現在地に移されています。
本尊の簑笠不動尊は弘法大師空海が自ら彫り込んだと伝わるもので、特に雨乞いに御利益をあるとして、雨乞い祈願の祈祷がある時だけ御開帳になるそうです。明治時代に入ると境内に大岩田小が開校し校舎としても利用されました。寺宝である木造薬師如来脇侍三尊像は南北朝時代(14世紀)に製作されたもので桧材、寄木造、玉眼、中尊である薬師如来座像の像高90cm、脇侍である日光菩薩立像、月光菩薩立像の像高107cm、昭和49年(1974)に茨城県指定文化財に指定されています。宗派:真言宗豊...
Read more海軍予科練習生の聖地として名高いこの土浦海軍航空隊、霞ヶ浦海軍航空隊の基地在隊戦没者の碑がある。 特に土浦海軍航空隊予科練課程の昭和20年6月10日の土浦空襲時に於ける甲飛13期から16期の多数の予科練生退避中の阿見町鹿島神社付近の防空壕に、B-29からの直撃弾により約400名の戦死者、重軽傷者を出した悲劇は忘れてはならない。 その戦死者を隣の海軍航空隊適性部にて荼毘に附し遺族に渡したことにより、その悲劇を悼み弔うため尽力されたことによる。 阿見町鹿島神社と一緒に...
Read moreお坊さんが、若いのに、しっかりと、お経をあげて頂だき、何か、心が穏や...
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