2024.1.2テレ玉で放送!役にたった。 赤い丸頭巾の子育地蔵の台座を指先で擦り願掛けをすると功徳があるようですが、擦った痕が丸く窪み其れを✳盃状穴(はいじょうけつ)と云うそうです。
なんだか両国の回向院の「ねずみ小僧」のお墓を小石で擦り墓石の削り粉を持って帰る風習みたいですね?
六地蔵石仏は、六道【地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天】のそれぞれにあって民衆の苦悩を救済する姿を現しているそうです。よく見ると大きさ.形.色など少しずつ違いばらばらの地蔵を集めた様です。
次は目疾(めやみ)地蔵といって、お地蔵様の✳目に味噌をぬって願をかけると眼病がなおるといわれ、多くの人々の信仰を集めたと云う事でした。
蕨にこの様なお寺が在るとは知らなかったが、お陰で三学院に興味が持てた。 偶然だが三学院は、関東十一檀林の一宇であることが判り此れは大きな収穫です。
1591年徳川家康より寺領20石の朱印状を始め歴代将軍からの12通の朱印状が現存しているそうだ。歴史民俗資料館では複製品が展示されている。興味津々是非みて欲しいです。 正式名称は、真言宗智山派...
Read more創建年不詳。本尊は十一面観音。過去に発生した火災による記録が失われたため、創建年は不明ですが、本尊の十一面観音像は平安後期に作られたものであり、その頃にはこのお寺があったと言われます。いずれにせよ、とても立派な伽藍を持ったお寺なので、昔から強い力をふるっていたのだと思います。 1591年関東の領主となった徳川家康がこのお寺に朱印状を出し、20石の寺領を与えました。現在もこのお寺には14代将軍・家茂までの歴代将軍が発行した朱印状が所蔵されています。 1942年に南京に駐在していた日本軍が三蔵法師の霊骨を発見し、当時南京にあった汪兆銘政府(南京政府=日本の傀儡政権)に引き渡しました。汪兆銘政府は霊骨塔を建立し、霊骨の一部を日本の分贈することを申し出ました。その際に、このお寺の当時の住職・倉持秀峰和上が日本佛教連合会の代表として三蔵法師の霊骨を日本に奉持しました。現在もこのお寺の仏舎利殿には三蔵法師の霊骨が納められています。 木造十一面観音菩薩立像や徳川歴代将軍の朱印状、子育て地蔵、六地蔵石仏、目疾地蔵など多くの蕨...
Read more三学院は、京都の新義真言宗智山派総本山智積院(ちしゃくいん)の末寺で、金亀山(こんきさん)極楽寺三学院という。創立年代は不明ですが、本尊の木造十一面観音菩薩立像が平安時代後期の作であることや、他に現存する資料から中世以前の創建と考えられている。
天正19年(1591)には、徳川家康より、寺領20石を寄進する旨の朱印状が授与されており、以後徳川歴代将軍からも同様の朱印状が与えられている。...
Read more