I love this shrine. It’s not busy, so it’s quiet and you get to experience a “deeper” sense of Shintoism. Although it’s a small shrine, it well kept and there are some really cool features like the horse sculpture and the very old tree. In the summer there’s also matsuri that...
Read moreこちらの阿遅速雄神社(あちはやおじんじゃ)は、平安時代の法律などをまとめた延喜式(えんぎしき)の中の神名帳(じんみょうちょう)に記載されている「式内社」という神社なのだそうで、とても歴史のある神社だということが伺えます。 またこの辺りの地名でもあり駅名にもなっている放出(はなてん)の由来にも深くかかわっています。 天智天皇の時代、天智7年(西暦668年)に新羅の僧である道行が熱田神宮に祀られていた三種の神器のひとつ“草薙の剣”を盗み出しました。ところが道行が逃げる途中、難波津で大きな嵐に遭い、神様の祟りを恐れた道行は草薙の剣を放り出して逃げ出しました。そこからこの辺りが「放出」という地名になったのだとか(諸説あり)。 その後、剣は無事に見つかり、熱田神宮へ戻されるまでの間、こちらの阿遅速雄神社に保管されていたのだそうです。 神社の境内には大阪府の天然記念物にも指定されている樹齢400年を超える大きな楠(くすのき)や、大阪市内に唯一残る“おかげ灯篭”という江戸時代のお伊勢参りにちなんで献灯...
Read moreこの神社でひときわ目立つのはおかげ灯籠と巨大なクスの木だろう。 幕末日本は、ペリーの来航以来、幕府も民衆もパニックにおち入り物情騒然となっていた。 江戸時代を通して周期的にお蔭まいりが流行ったが、その実態は仕事も家庭も放り出し、集団でお伊勢参りに出かけ、踊り狂うのである。 そして幕末、ついにそれらは民衆の「ええじゃないか」騒動につながっていく。 そのゆかりのおかげ灯籠がこの神社にも残されている。 この灯籠を見るたびに江戸期、幕末の一般民衆の幕府に対する不満を思う。 明治維新の底流は、庶民の心の片隅に既に発生していたのである。 そして残ったおかげ灯籠は、阿遅速雄...
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