上田盆地には千曲川が南東から北西に流れています。川筋の北東側には山岳が迫っているので、千曲川は山裾の扇状地の斜面を侵食して、何段もの河岸段丘をつくってきました。信濃国分寺は、その中ほどの河岸段丘にあって、周囲を住宅街や耕地に囲まれています。 8世紀半ばの天平時代、聖武帝は「国家鎮護」を願って日本各地に国分寺(僧寺と尼寺)を建立しました。大和王権の権威を広くいきわたらせるために、地方管区の拠点ごとに国分寺を建てたのです。 創建当時、中門を備えた長方形の屋根つき回廊のなかに、大きな金堂と講堂があり、その右前には七重塔がある、大がかりなものだったといいます。当時の信濃では、桁違いに巨大な堂宇群だったはずです。 その当時の国分寺の寺域は、現在の場所よりも一段低い千曲川に近い段丘にあって、今日の信濃国分寺資料館の周囲一帯でした。かなり広い面積だったといいます。 しかし、建ててから300年くらいの間に、この地方の戦いや災害によって、すっかり消滅してしまったとか。 その後、数世紀を経て鎌倉時代から、ほぼ現在の場所に国分寺が再建されていきました。国宝の三重塔は、室町中期に建立されました。 再建後、毎月8日を縁日として、近郷の人びとが参拝や市に参集するようになって、「八日堂」と呼ばれるようになったとか。 寺の裏手の蓮園(沼地)には7月に美しい花が咲き誇り...
Read more上田市街地より郊外に位置する天台宗の寺院で、歴史的には奈良時代まで遡ることが出来る、大変歴史のあるお寺です。
本堂や三重塔をはじめ、春夏秋冬季節の移ろいとともに、お寺の厳かな雰囲気を楽しめます。 特に有名なのが、毎年1月7日と8日に行われる「八日堂縁日」で、泥柳で作られた蘇民将来符を頂けるのですが、この時期は平日でも大変混みあっており、一年でも最も賑わう季節となります。 また、夏には寺院の裏手にあるハス畑が満開となり、早朝から多くの客が訪れるスポットとなっております。
以上の2点を除いては、普段は大変静かで散歩に最適ですし、桜の咲く時期や紅葉の時期も本堂や三重塔との対照が本当に素敵です。行事を除くと普段はあまり混み合うことがない為、ちょっとした隠れスポットでもあります。
アクセスとしては、車の場合は表(南側)の駐車場は数台、裏手(北側)にある駐車場では常時約20台ほど停める事が出来ますが(ハイシーズンにはほかに臨時駐車場もあります)、縁日の時期やハスの時期となると、早朝より満車となる可能性もある為、注意が必要かもしれません。 また電車の場合は、しなの鉄道の信濃国分寺駅があり、そこから徒歩で約5分ほ...
Read more天平の時代に、天皇の勅令で日本各地に建てられた『国分寺』と『国分尼寺』 各国の重要拠点に建てられたそうで、信濃の国では『現上田市』に建てられました。その後建物は壊され、跡地が遺跡公園となっています。 今でこそ国道18号線や上田サンラインがすぐ近くを通っていますけど、そもそもの主要道路は千曲川沿いの『北国街道』でした。 『信濃国分寺』は国道18号線沿いに『仁王門』を構えています。 門を潜ると住宅地を抜けお寺の境内へと参道が延びています。 子供の頃、正月八日夜に『八日堂縁日』に連れて行って貰った事があります。寒い中、人混みの中延々歩いて辿り着いたお寺の境内で『蘇民将来符』を頂いた覚えがありますが、『たこ焼き』や『焼きそば』には勝てません。 コロナ過の中、人気の無い境内を散策しました。子供の頃のイメージはどこへやら。『三重の塔』を始め『元三(がんざん)大師』や『大黒天』など大変興味深く拝見しました。御堂の裏は広く『蓮池』が広がり、訪れたこの日も『蓮の実』があちこちで見られました。...
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