敗戦後のどん底期に寄る辺を失った者たちが廃品回収のバタヤとして、言問橋そばの河川敷に生活共同体『蟻の会』を結成し家族共々身を寄せ合うのだが、ポーランドから来たゼノ修道士が大学教授の娘、北原怜子を引き合わせたことで劇的な話に。『蟻の街のマリア』と語り継がれ、映画にもなったエリザベト怜子は『蟻の会』の子供たちに献身的にふるまい、結核により28年の短い生涯を閉じる。彼女の尽力により、立ち退きを強制されていた『蟻の会』は、ここ江東区深川8号埋立地の現『潮見教会』に移転することとなった。【われは主のつかいめなり、仰せの如くわれになれかし】と刻まれた像が敷地内に立つ。内発性に従い、理由なき利他に没入したプラグマティズムの極み。#photobybozzo
「いくつかの本に書いたように、人は利他的存在のありそうもなさに感染し、利己的存在に感染しません。この傾きにはウィルソン的に言えば遺伝子的基盤があります。自然淘汰というと個体間の闘争を考えますが、実際にはどんな群の作り方、どんな集団生活をするかが、集団単位の生き残り可能性を決め、それが個体単位の生き残り可能性を決めます。人の集団生活は社会生活で、社会生活は文化に支えられます。集団生活次第で集団単位の生き残り可能性が決まるということは、文化次第で生き残り可能性が決まるということ。『遺伝子が一定の文化を可能にし、文化が一定の社会生活スタイルを可能にし、社会生活スタイルが集団の生き残りを可能にし、集団の生き残りが一定の文化を可能にする個体の遺伝子の生き残りを可能にする』という循環があります。」(宮台真司『民主主義は不可能なのか?』より)
【われは主のつかいめなり、仰せの如くわれになれかし】という北原怜子の生き方は、『蟻の会』に命を捧げ、『蟻の会』の存続と文化に尽力することで、長く尊ばれる結果を生んだ。自己の内発性に従い、理由なき利他に没したコミュニタリアニズムであり、プラグマティズムの極みである。
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Read moreThere is a statue on the church grounds of the Vn. Kitahara Satoko, the "Mary of Ant Town" 尊者 エリザベト マリフ 北原怜子 She is the 1st Japanese Venerable (declared venerable in 2015). In a recent article, the Catholic Herald called her the Dorothy Day of Tokyo. There is a poem on the base of the statue. われは主のつかいめなり、 仰せの如くわれになれかし エリザベト怜子 Ware wa omo no tsukai-me nari, ōse nogotoku ware...
Read moreJR京葉線の潮見駅から徒歩10分弱。 隣にはカトリック中央協議会ビルがあります。 教会にはゼノ神父と共に第二次世界大戦後の混乱と貧困にあった人々を励まし生活を共に支えて若い命を捧げたエリザベト北原怜子(さとこ)さん、「蟻の街のマリア」の名前が冠せられています。 彼女は浅草、言問橋横にあった“蟻の街”の教会を仲間達と守り、現在の地に苦労をして教会を移し、結核で28歳の生涯を閉じられたそうです。 詳細は教会の聖堂入り口横にパネル展示があります。 教会巡りの御朱印スタンプもありました。 ミサにいらした方は国際色豊かで、子供や若者が...
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