A beautiful temple just across from Tanisha shrine. It has a stunning huge red lantern and a traditional street leading to it. They have goshuin available too. It is a small détour if you are already in the area or by Tanashi station. There is a beautiful...
Read moreThis was an excellent place to visit it was very picturesque in the way that it showed traditional architecture, Throughout the centuries the place has been built on more and more and currently it's under construction. So please be careful while...
Read more田無を訪れる機会があったので、参拝しました。 青梅街道に面したお寺ですが、新青梅街道や所沢街道、そして田無神社の間の都道12号線を使う事が多く、規模は大きいものの不愛想に閉じられた門しか見たことがなかったため、全く初めての参拝でした。
立派な仁王像・多聞天・広目天の像がにらみを利かせ、提灯が下がった山門は、木鼻の獅子や象の彫刻含めて見ごたえがあります。
境内のケヤキの樹齢は嘉永三年(1850年)植樹のため、170年以上に及びます。 山門前の平和観音の碑によると、田無駅前でも昭和20年4月12日から空襲が相次いでいたという事で、お寺が爆撃目標にされなかったのか、説明書き通りに火に強いことから焼夷弾に耐えられたのかはわかりませんでしたが、生きている尊さを感じます。 当時はまだ開発も進んでおらず、西東京市の南にある武蔵野市の中島飛行機工場の空襲などもありましたが、杉並の住宅街などは焼け出された都心の人たちが作ったという話もあるので、多摩地区の住宅街であった田無まで空襲があった事に悲しみを覚えます。
様々な文化財がありますが、印象に残ったのは、下田半兵衛富宅(とみいえ)の木像でした。 田無村名主の彼は、養老畑をもって老人を助けたという事で、こんにちの福祉の先駆けとなる行動でした。 磯田道史さんが上杉鷹山の福祉行政を絶賛されていましたが、儒学や敬老の精神があった江戸時代でさえ、福祉という概念は珍しかった事から、近代の社会が築いてきたシステムはとても完成されたものなのだと改めて実感しました。
さて、御朱印ですが、別の建物で法要の最中でしたが、留守番の若いお坊さんに頂くことが出来ました。 この日はとみに暑く、青々と剃り上げたお坊さんの頭がうらやましく、...
Read more