白虎隊自刃の地に突如場違なオブジェが聳え立つ。 純西洋風の立柱とそれに跨るブロンズの鷲である。 この柱部分はヴェスヴィオ火山の噴火で滅亡したローマ帝国の都市ポンペイから運び込まれ、鷲はローマを象徴し、20世紀初頭に台頭したムッソリーニ率いるファシスタ党のシンボルである。 何故このようなものが会津の、それも白虎隊自刃の地に存在するのか? すぐ傍の掲示物には… ”1928年白虎隊精神に感銘を受けたローマ市より送られた記念碑です。碑の表面にはイタリア語で「文明の母たるローマは白虎隊の遺烈に普及の敬意をささげんため、古代ローマの権威を表すファシスタ党章の鉞を飾り、永遠偉大の証たる千年の古石柱を贈る」裏面には「武士道の精華に捧ぐ ローマ市元老院及び市民より」と刻まれています。(以下略)” なんとも感動的な話ではないか?遠く西洋の地でも白虎隊の話は悲劇として多くの心を動かしたのだ。 が、何故イタリア人が白虎隊の話を知り得たのか?こういう話には胡散臭い人物が虎の威を借りようと暗躍してたりするものであるが、イタリアとの交流を重ねる文壇家でファシストである下位春吉なる人物の誇大妄想が生んだ産物が、この石柱であると言えば、会津市民は怒るだろうか?
第一次世界大戦中にイタリアへ滞在を行っていた下位がローマ大学の教授として活躍し1925年に帰国、たちまちロビー活動を開始し会津市長に黒シャツ隊が白虎隊の話にいたく感激し、ムッソリーニの名に於いて石柱を送りたいと伝えた。それに乗った会津市は広場を拡張し、伊国皇太子を招いた盛大な除幕式を行うために、再び渡伊した下位がこれを持ち帰ってくるのを待った。 が、ムッソリーニからの贈り物に高まる国内の期待を他所に、約束した時期になっても一向に石柱は届かず下位も言い訳ばかりで遂には消息不明に。 そう、全て下位の誇大妄想が独り歩きしていたのである。 大きくなる話に収拾がつかなくなり雲隠れとなった下位。遂には外務省がイタリア政府に確認を取ると”そんな話は聞いたこともなく不愉快”との回答、更にローマ大学から”下位教授なる人物は在籍していないし彼宛の手紙送るのやめて”との通達が。 しかし会津市民はそんなことも知らずに、郷土の誇り白虎隊をムッソリーニが祝福してくれると信じている。そんな純朴な彼らをどうして無碍にできよう? そこで外務省がしりぬぐいを始める。駐伊大使に掛け合い、上院議員サン・マルチノ伯の協力をとりつけ話が具体的になったのだ。 構想3年ついに下位の誇大妄想の石柱が会津の地にて現実の形になるのだ。 日伊友好の為に奮発したローマ市に水を差すような下位の存在…それをものともせず立派な除幕式が執り行われました。めでたしめでたし。
戦後進駐軍によって日本語碑文は削られ、ファシズムの象徴である鉞(ファッショ)も撤去されたが、手軽に撤去出来ない大きさも幸いしたのか接収されず、何とかこの味わい深い誇大妄想の産物は今も白虎隊の眠る墓前で、彼らを優しく見守っている。
なんとも滑稽な話である。話の中には白虎隊に感涙し自発的に彼らを弔おうと考えたイタリア人など全く存在したい。あるのは手柄欲しさに法螺を吹きまわったペテン師と尻拭いのために引くに引けぬ状況で発揮された政...
Read moreThis is a fascist monument, telling "...this pillar stand as proof of the greatness of fascism for thousands of years." Wondering why it is...
Read moreIt is absolutely abhorrent that a fascist monument should still be standing without any clarification about the horrors of...
Read more