20220730下北半島弾丸ツアーに行って来ました! 今日は、通勤時に気になっていたホテルの窓から見える神社へ朝食の後で参拝に出掛けました。 通り沿いに大きな鳥居、扁額には「稲荷神社」のみの記載! 現在は、無人の様ですが、早朝から熱心に参拝されている方がいらっしゃいました!
20220821今日の十和田は朝からいい天気、昼過ぎに買い物に出た時に参拝させて頂きました! 前回は早朝で社務所が空いてなかっただけの様で、今回は社務所も開いていて数人が草刈りをされてました!
20220910野辺地に友人の墓参りに行って来ました! 早朝、ホテルで朝食を済ませ、出発前の散歩で参拝させて頂きました! 明日、11日が例大祭との事で、珍しく幟が立ってました!
20221120今日は、買い出しの途中で参拝させて頂きました! 年末年始の準備用なのか、拝殿には足場が架けられてました! 大鳥居横の銀杏の黄色がいい感じです!
20230115俺の送別会第3回目昼の部で、お昼に同僚2人とJ・Pizz@・BROSSさんでピザを食べて来ました! ピザ屋さんに行く途中で、雪で薄化粧したお稲荷さんで半年間の単身赴任が無事に終えら...
Read more十和田市は今でこそ人口で青森県内四位の都市となりますが、その中心部にあたる三本木は、幕末に新渡戸傳(にとべつとう)が開墾に着手するまでは文字通り三本の木が生えているだけの荒野であったそうです。傳は盛岡藩で勘定奉行などの重職を歴任した能吏であると共に、父親が藩主の不興を買って配流の憂き目にあっていた頃には材木商として財を成した、商才にも長けた人物でした。旧五千円札の顔であった新渡戸稲造の親族で、祖父にあたります。 そして三本木の総鎮守として傳により勧請されたのが、こちら三本木稲荷神社です。現在の社殿は昭和の再建なものの、木造でなかなかに立派です。 遠路はるばるわざわざ訪れる価値があるかと問われれば「ない」と即答します。本数の少ないバスを一本後にしてまで訪れるほどでもありません。しかしながら十和田の歴史と共にある神社なので、十和田市街まで来て時間に余裕があれば立...
Read more2022年3月29日に参拝しました。旧蒼前神社であったこの地に千歳森稲荷大明神を遷宮したのが始まりだそうです。この神社建立に深く関係しているのは、盛岡藩士(南部藩士)新渡戸傅(にとべつとう)だそうです。彼は、花巻城下で藩士の子弟として生まれましたが、父親の下野で、この地の材木商となり、成功を収めます。後に南部藩に復帰を赦されます。彼が62歳になった安政2年1855年に三本木原台地の開拓に着手しました。息子と協力して安政6年1859年に上水工事を完成させ、荒野を美田に生まれ変わらせました。完成した水路を第15第藩主南部利剛(としひさ)公が1860年に視察され、稲生(いなおい)川と命名されたそうです。この地の総鎮守となったのは、彼の開拓の成功に基づくものでした。彼の孫が、以前の5千円札で...
Read more