境内に "宇治橋断碑" と呼ばれる石碑あり (見学有料/期間限定) →646(大化2)年に 僧 道登が宇治橋を架けたとする内容の日本現存最古級の石碑。(重要文化財) 1300年代後半の "帝王編年記" という本に碑文の全文が掲載されているそうなので, 少なくともそれまでには建っていたと考えられるのだが, 碑自体はいつしか失われてしまっていたのだった.. →数百年の時を越えた 1791(寛政3)年, 橋寺放生院の境内 (一説に宇治河畔)より上部1/3程のみが発見! →2年後, 碑文の記録を基に全体が復元された*という... ...なかなか凄いことですね😓👍 (この近辺, こういう事例が多いのです. それだけこの川が激しいのでしょう. ・浮島(塔ノ島)十三重石塔→1286(弘安9)年の創建以来, 洪水による倒壊~修復を繰り返し→1756(宝暦6)年の大洪水による流失以降, 約150年間 川中に埋没→明治30年代 捜索が始まり, 1908(明治41)年, 最後まで見つからなかった九重目の笠石と頂の九輪石を補い復元... ・橋姫神社→かつては宇治橋の守り神として三の間と呼ばれる張り出し部分に祀られていたという→その後 橋の西詰に→明治に入ってすぐの1970(明治3)年 洪水に流され,...
Read more通称の橋寺はかつて宇治橋を管理していたことに由来します。創建は平等院をはるかにさかのぼる大化二年となりますが、何度かの盛衰と火災を経ているため、見ごたえにおいて大きく水をあけられているのは否めません。 所蔵する四件の国重文のうち地蔵菩薩立像と不動明王立像は通常非公開、十三重石塔は飛び地境内となる塔の島(宇治公園)にあります。境内にあって常時拝観できるのは宇治橋断碑のみとなりますが、これは日本最古の石碑と推測される貴重な文化財です。断碑の名の通り現存するのは上三分の一ほどで、下三分の二は史書の記述に基づき江戸時代に復元されたものです。十全の状態で残されていれば同時代の那須国造碑と共に国宝指定もありえただけに何とも惜しまれます。 石碑なんざ何が面白いのかと思う人はスルーが妥当ですが、摩耗してなお美しい書体が見事であり、そこにそそられる方であれば★四つ分の見ごたえはあると思います。 ろくにバスもない那須国造碑(笠石神社)に比べればアクセスも至便であり、石碑初心者の方が手始め...
Read more2021'12/10 ここには宇治橋を守り続ける古刹が有った。(橋の西詰には橋姫神社)
飛鳥時代の推古12年(604)の創建。大化2年(646)に作られた宇治橋の守り神であることから橋寺と呼ばれるそうだ。
春と秋の特別公開日以外は無料で境内を散策出来ます。門が開いていたのでお邪魔しました。
門を潜って石段を上ると本堂が見えます。本堂の前は開けたお庭、その中に宇治橋断碑といって、石碑の断片が有るんだな… 僧侶の道登が架橋したとの事。残念だが今日は見ることが出来ない。実はこの石碑が古い歴史のあるもので、日本の三古碑と呼ばれ、国の重要文化財にもなってるんだな😃
で、何て書かれているのかって ?...
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