周辺の寺院とは別格の大きさ。
大化元年銘(?!)の八百比百尼に関わる石碑がお堂の中にある。茲眼寺本堂の右手の道を行くとある。かつては境外の畑地にあったそうである。 八百比百尼にまつわるものとして、大宮駅北東の植松にも八百比百尼が植えたとされる松があった(松は現存しないが、石碑が残る。)
また当地には、戦国時代、水判土館と呼ばれる城館があった。 地形的には指扇支台の先端に辺り、標高は十二メートル。かつては三方を川に守られた要害の地と推定されている。 城主が誰であったのかは江戸時代の時点で既に史料が散逸しており不明だったとされる(『新編武蔵国風土記稿』)。 ただ、戦国後期に小田原北条氏による焼討ちにあっていること等から、当時近隣で彼らと敵対していた岩槻太田氏...
Read more道を走っていて、急に立派な御堂が目に入った為、思わず立ち寄りました。 天台宗のあの円仁上人開基のお寺さんだそうです。
歴史も古いが境内もそこそこ広く、観音堂を始め、非常に重厚な感じの大きな建物が多かったです。 お庭や境内も綺麗に手入れされていて、手厚く信仰されていることが伺えます。
ただ、建物の中は残念ながら殆ど見られませんでした。お寺にしては珍しいですね。 広く開放されているところが多いですから。
機会があれば御開帳されている時に伺いたいと思いました。
そういえば、埼玉県には円仁上人開基のお寺がパラパラありますね。先日も歴史のあるお寺を訪れたら、そこも円仁...
Read more1月17日に訪問したのですが とても立派なお寺です。
17日に偶然にも焔魔堂が開く日だそうで とても大きな閻魔様像を中心に、他にも沢山の立派な像が閻魔様の左右におられました。 写真撮影は禁止なので迫力をお届け出来ないのが残忍ですが 像を見ていると悪いことは出来ないなぁと気持ちが引き締まります。 中に上がらせてただきすぐ近くまで拝見する事が出来ました。
庭木の手入れも素晴らしく よくあの高さまで手入れしてるなぁと思います。
駐車場奥にお手洗いもありました。 桜...
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