流山「根郷」の中心に位置する共同墓地で、現在も無宗派共同墓地。 通称流山本町こと根郷は、江戸川開削以降に拓殖されたもので、それまでは氾濫原野として集落も無かった。 江戸川は全区間が人工河川だが数世紀に渡り工事が繰り返されて来たもので、徳川幕府時期に関宿〜松戸間が開削されその計画線上にあった葛飾郡丹後村の大部分が「計画都市」の根郷に移転を促されたか、若しくは自然に移転したと見られる。 この共同墓地は根郷成立時期に作られ、草創開拓者(六軒百姓)各一族墓地から並んで居る。 江戸川が出来た事で農地と言うより物流・醸造を始めとした工業団地化が進展し、人口が急増、この為に無宗派の共同墓地が必要とされた。 「金子市之丞」墓碑は実在した窃盗常習犯のものだが、明治初期に歌舞伎のヒーローとなって知名度が上がり、街衆が石にしたものだが、太平洋戦争後に松戸に競輪場が出来ると「転輪信士」と言う戒名が災いしたのか削って持ってゆく輩が増加、補修増設がされたが今日も削られ減られしている。 堂内閻魔像は木造で共同墓地設置時期にはあった様だが、由来書等含めて木造を除く堂は明治三十年の大火で焼失して今に残るものはない。 但しこの閻魔像は自身が舌を出し、「シャク」ではなく「ナタ」を持ち、左手は印を結ばずに要求の手形をし、薄く微笑んでいる事から明治期には消滅した「閻魔講」の一派に拠るもので、「裁判官」的位置付けでは無く「取調官」的位置付けである。 是は寺院が戸籍役場の機能も抱えていた時代の名残で、明治二十年以降の戸籍制度整備で自然消滅した。 現在、市の文化財にこの閻魔像と念仏講仏具が指定されている。 ※平成30年6月以降は文化財調査・修繕工事の為に閉鎖...
Read moreそもそも現代では、金子市之丞と遊女の三千歳(みちとせ)の出てくる芝居(歌舞伎)『天衣紛上野初花』(くもにまごううえののはつはな)自体、観る機会があまりないでしょうね。江戸のピカレスク・ロマンで、河内山宗俊を筆頭に、悪党たちが権力と戦って活躍する大変面白いものなので、埋もれさせてしまうのは大変惜しい。 で、金子は江戸後期の流山の味醂屋さんだか醤油屋さんだかの倅だったが、家産が傾くとともにバクチ三昧、江戸へ出て盗賊となり、盗んだ金を貧民に施したらしい。それが実説か、まして三千歳さんと懇ろだったかどうかはよくわかりませんが。ついに江戸小塚原で刑死したのち、彼を「義賊」と慕う人々が遺骸を引き取ってここに葬ったとのこと。 ひっそりとした境内に佇んで、その墓を眺めつつ、ちょっとロマンに浸ってほしいのですが、元を知らな...
Read more目的地だった近藤勇陣屋跡でボランティアのガイドさんから説明を受け、初めて知ったガラス戸の奥に鎮座する閻魔さま。閻魔さまの化身である救いの菩薩のお地蔵さまが一緒にいます。閻魔さまからどんな厳しい判決を受けても、お地蔵さまが地獄の果てまで迎えに来て、救いの手をさしのべてくれるそうです。 興味深かったのは対面にお墓があり、義賊の金子市之丞(通称金市)と、恋人の遊女三千歳のお墓石が仲良く並んでいるところ。 醸造屋の一人息子が博打に手を染め、江戸で盗賊をはたらくようになり、ねずみ小僧のように盗んだ金を乏しい民に配るという 歌舞伎『天衣紛上野初花』にもなったそうです。 きっと閻魔さまにに受けた判決もお地蔵さまが救ってくれて二人は永遠に仲良く...
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