While this unusual looking bridge has pedestrian access on both sides, one side is only accessible via a spiral staircase on each end. Clearly human access on foot is an afterthought and good luck dragging a bicycle up and down those many twisting steps.
About bridge ratings: Bridges should carry people from one side to the other. 1 Star: No pedestrian access (train bridges excluded) 1-2 Stars: No dedicated pedestrian access, but pedestrians may cross. 2-3 Stars: Dedicated pedestrian access on one side. 3-4 Stars: Dedicated pedestrian access on both sides. 4-5 Stars: Pedestrian exclusive bridge. Motorized vehicles prohibited or excluded. In each instance, the difference between a lower or higher amount of stars is whether the bridge is visually appealing...
Read more千住大橋は、国道4号線が隅田川を跨ぐ場所に架かる橋です。北岸は足立区の千住、南岸は荒川区南千住です。 日光方面へ向かう旧橋と日本橋方面へ向かう新橋と旧橋の上流側に並行して走る水道橋の3つの橋から構成されています。
旧橋は水色のアーチの形をしたトラスで出来た鉄橋なのに対し、後から架けられた新橋は普通の桁橋です。旧橋が千住大橋のイメージを象徴していると思います。
最初に千住大橋が架けられたのは、徳川家康が江戸に入って間もない1594年のことで、隅田川に架けられた最初の橋です。当時としてはかなりの難工事だったようです。江戸幕府は江戸の防備上、隅田川にはこの橋以外の架橋をしばらくの間認めなかったそうです。
この橋が出来たことで、大橋を渡った千住宿は日光街道の初宿として江戸から日光、出羽、陸奥への起点として栄えました。松尾芭蕉の「奥の細道」もこの大橋が陸路の起点だったし、この橋を徳川最後の将軍慶喜が水戸へ向かうのに使ったのも歴史を感じさせるものがあります。
今の橋は1927年に大震災復興計画により架けられた鉄橋と1972年に日光街道の交通量増加により架けられた橋です。
隅田川沿いには遊歩道が続いていますが、千住大橋の下で分断されていたため、2004年に千住大橋の下に歩道専用の「千住小橋」が作られました。
これは余談です。千住大橋の旧橋の南側には「八紘一宇」と書かれた石碑が立っています。意味が良く分かりませんでしたが、調べてみると「八紘一宇」は、「日本書紀」神武天皇即位前紀の言葉から造語され,世界を一つの家となすという意味だそうです。それだけなら何も問題ないと思いますが、日中戦争、太平洋戦争でアジアへの侵略を正当化するために戦争当時の日本政府がスローガンとしてこの言葉を使ったそうです。そういう石碑が残っているのも...
Read more荒川区と足立区を結ぶ隅田川に架かる橋。
今の橋は1927年に架けられたらしいけど、元は1954年徳川家康が江戸に入って初めに架けた橋なんですって。 「大橋」と名前が掲げられているのは、当時の呼び名を偲んでの事でしょう。 今の両国橋が架橋されるまではこの千住大橋が「大橋」と呼ばれていましたが、両国橋が出来てそちらが「大橋」と呼ばれるようになり、今の千住大橋という名前になったそうです。 その両国橋も新大橋が架橋された折に「大橋」から両国橋と正式に呼ばれるようになったんだとか。
ここは歌川広重の「名所江戸百景」の1枚が描かれ、葛飾北斎の「富嶽三十六景」のうちの1枚が描かれたであろう地であり、松尾芭蕉「奥の細道」の出発地でもあり。 そして、この橋のボツボツ加減😍 リベット?よね? そう。現存する最古のブレースドリブ・タイドアーチ型鉄橋なんだそうです。 昔には鉄道も走ってたとか。
歴史的な場所であり、歴史的な構造物を楽しませてく...
Read more