Followed by English translation 上杉家の菩提寺で、上杉家廟所の目の前にあります。 お邪魔して資料を拝見していると、管理者の方に声をかけていただき、中を見せていただきました。普通の住宅の玄関のようにも見え、中に入れる感じではなかったので、声をかけていただかなければ、そのまま通り過ぎていたと思います。
中には、越中からお連れした毘沙門天の像があったり、歴代の当主の位牌があったり、色々なものが祀られていました。
事前にチェックしておらず、たまたま入って、色々見せていただき、ありがたかったです。 意外と穴場でした。
It is the family temple of the Uesugi family and is located in front of the Uesugi family mausoleum. When I was in the middle of looking at the materials, the administrator called out to me and showed me the inside. It looked like the entrance of a normal house, and I didn't feel like I could go inside.
Inside, there was a statue of Bishamonten that I brought from Etchu, and there were memorial tablets of successive family heads, and various things were enshrined.
I didn't check it in advance, so I just happened to enter and see a lot of things, which I am grateful for. It was...
Read more上杉家廟所に隣接する上杉家の菩提寺です。 上杉景勝公の時代に越後から転封された際に移動してきました。 さて、こちらに安置されている善光寺如来です。 案内板には1555年上杉景虎公が、戦災から護るという理由で信濃善光寺から越後に移したとあります。1551年説もあります。 面白いのは、武田晴信公も同じ理由をつけて1555年に信濃善光寺の本尊を甲斐に移しており、こちらは甲斐善光寺となっています。 また織田信長が甲斐に侵攻した際に持ち去ったとも言われます。 実は善光寺の本尊大日如来は徹底した秘仏であり、仏殿に安置されていたのは精巧な模造品で、上杉公も武田公も真の本尊を拝むことは出来なかったという説もあります。であれば越後と甲斐に本尊が移されたとしても不思議ではありません。 川中島で張り合った両雄が仏像まで争...
Read more上杉家廟所の隣にあるお寺さんで、廟所参拝のあと、ついでに寄りました。はっきり云って、「ついでに」などという言葉は実に失礼です。私は廟所よりもこのお寺に所蔵されている文化財により惹かれたのですから。川中島の折、戦火を危惧して持ち出された善光寺如来があります。更に謙信が帰依してやまなかった泥足毘沙門天もあります。いずれも上杉の米沢移封時に謙信の遺骸とともに上越の春日山から持ち出され、現上杉神社の境内のある小高い丘の祠堂に祀られていたもので、明治の廃藩の際、遺骸は廟所に、像はここ法音寺に祀られることになったという、歴史的には国宝にも値する文化財だと感じました。米沢で林泉寺とともに必ず訪れるべきお寺さんです。隣接する廟所ほどに有名では...
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