The curry restaurant where you can enjoy both curry and curry bread. This place is specialize in curry menu, mostly dishes served here is curry. It's all day dining place, with nice and warm atmosphere. The curry is really special, amazingly delicious and flavorful, the aromatic of spices that were used can boost the taste of the curry. Tonkatsu also well-fried, crispy from the batter and pork is not too hard to chew it really perfect cooked. Their signature curry bread also must try item, there also variety choice of the stuff inside for you to choose, very well cooked and delicious. You also can buy it in front of the restaurant for takeaway or dining inside. Recommended to try this place for experience different kind of Japanese...
Read moreHad a takeaway curry bread, one with cheese . Line was three people , service was quick but for the product, it didn't hold up. Ofcourse it was only 2-300 yen , warm and conveniently located on a main Street near omotesando but compared to the size and ammount of air in the curry bread , they should just call it , air bread with alittle curry inside. Do not believe the poster or pictures posted but actual people who've eaten it .笑 Also they only accept cash in this cashless endorsed decade so be sure to carry some bothersome cash with you on your jog if you want a bite of this air-curry bread that's been on tv but lives up to its name if only...
Read more【人生最期の食事を求めて】夕刻の青山通りで食する辛口カツカレーの重量感。
午前から私は、ノマドワークという名の浮遊生活に身を沈めていた。 街のどこへ行っても、コーヒーチェーンの椅子は人々の体温で満たされ、空気までもが疲弊しているように見えた。 それでもわずかな隙間を探り当て、薄い机にラップトップPCを広げた瞬間、そこが私の一時の拠点となる。 自宅に籠もり、沈黙と機械音とを友とする生活に抵抗はない。 だが、その静寂が長く続くと、奇妙にして人間的な欲求が胸の底から湧き上がる。 すなわち、雑踏の温度、人の気配を欲するのである。 無機的な孤独に倦み、他者の呼吸と声に己の存在を確かめたくなる。 人のざわめきは、私にとって新たな思索の呼び水であり、創造の原泉でもあった。 だが、その反動として、時に空腹を忘れて没頭し、またある日は理性と食欲とが戦う午後を迎える。
時計の針が15時30分を指していた。 私は人波の濁流を避けるように渋谷を背にし、青山通りの坂を緩やかに登った。 雨上がりの風は肌を冷たく撫で、前方からは青山学院大学の学生たちが群れをなして下ってくる。 その服装の均質さは、私の眼には若さの複製のように映り、時の隔たりを痛感させた。
青山学院大学の校門を過ぎ、表参道の方角へ歩を進めるうち、空腹がじわじわと支配を強めていった。 沈黙していた胃が、突如として叫びを上げるかのようである。 『もう成り行きに任せよう』 そう心の中で呟き、最初に見えた蕎麦屋の看板に視線を止めた。 蕎麦を手繰り、再びカフェに籠もる段取りを描きながら近づくと、そこには数名の列ができていた。 16時を目前にしての行列の光景に、私は即座に諦念を選び、歩みを続けた。 だが、歩を進めるほどに、心に不安が生じた。 この先は飲食店の不在地帯ではないか――。 空腹の焦燥が、私を急き立てた。 やがて表参道を抜け、青山一丁目の交差点が視界に入る。 そのとき、金色に輝くショーケースの中で黄金色のカレーパンが光を放っていた。 思わず足を止め、「青山通りでカレーパンも悪くない」と呟いた。 ちょうどその瞬間、扉が開き、会社員風の男が紙袋を手にして出てきた。 もう一方のショーケースには、カレーライスのサンプルが照明を浴びて艶めいていた。 理性はたやすく崩壊し、私は扉を押し開けた。
中に入ると、南アジア系の男性が穏やかな笑みを浮かべ、静かにテーブルへと導いた。 その所作には優雅さがあり、日本語も癖なく滑らかであった。 ふと気づく。 私はいつからカレーという存在を遠ざけていたのだろう? 記憶を遡れば、最後にそれを口にしたのは2024年の初頭だったはずである。 そうして、おそらく2025年初めてのカレーである。 メニューを眺めるうち、目を捉えて離さぬ一行があった。 カツカレー、……懐かしさと禁断が交錯する響き。 私は手を挙げ、「カツカレーを、辛口で」と告げた。 南アジア系の男性は静かに頷き、しなやかな動作で厨房へと向かった。 その背には舞踏家のような気品が漂っていた。 窓外には、青山通りを往来する人々と曇天の夕刻が映っていた。 車の流れ、歩行者の影、そして光の沈みゆく気配。 その光景は、私の孤独を柔らかく照らしていた。 時折、新たな客が入ってくる。 彼らもまた、私のように昼を逃したのだろうか? あるいは、満たされぬ胃を慰めに来たのか? 思えば、人の生は食欲という律動に従っている。
カツカレーが運ばれてきた。 皿の中央に揚げたてのトンカツが鎮座し、左右を黄金のルーとキャベツを纏ったライスが隔てる。 私はフォークで右端のカツを突き、ルーに沈めた。 辛口という約束は確かに果たされていた。 スパイスの熱が舌を刺し、油の甘みがその痛みを包み込む。 スプーンに持ち替え、キャベツを被ったライスを掬う。 咀嚼の音が耳奥に微かに響く。 辛味と油、米と野菜――それらが複雑に絡み、五感を支配していった。 食を重ねるほどに、辛さは全身を貫き、軽い恍惚を伴った。 辛味の頂点に立った刹那、外界の音が遠のき、自己の感覚だけが現前する。 水が尽きようとすると、南アジア系の男性がすぐさま気づいてグラスを満たした。 その所作の美しさに、私は小さな感謝の念を覚えた。
食後、胃の底に重みが沈殿した。 長い空腹を癒した報いとして、今度は眠気が訪れる。 『今日はもう、PCには向かうまい』 そう誓いながら、私は店を出た。
外の空気は午後の翳りを帯び、雨の名残が匂っていた。 眠気覚ましに明治神宮外苑まで歩いた。 雨上がりのいちょう並木には人影もまばらで、銀杏の仄かな香が漂っていた。 ささやかな充足と倦怠の間を揺れ動く自己を重ね合わせた。 いちょう並木はまだ緑が息づきながらも、黃葉の兆しが潜んで...
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