栃木県佐野市にある日蓮宗の本山寺院です。京都の妙顕寺(妙顯寺)には寺格も規模も見どころもおよびませんが、朝鮮王朝末期から大韓帝国を経て日韓併合に至るまでの日朝・日韓関係に関する重要な史跡です。
佐野出身の漢学者にして実業家の須永元は妙顕寺ゆかりの人物で、清に隷属していた朝鮮の独立運動を支援する活動家でもありました。当時の朝鮮では高宗の妃である閔妃が惰弱な王にかわって実権を握り、かといって意欲的に政権を運営するでもなく、ただただ収賄と浪費に明け暮れていました。朝鮮の行末を憂えた金玉均らの改革派は閔妃の排除を企てますが、清の介入によりあえなく失脚、日本に亡命します。 すぐれた書家でもあった金玉均は日本国内を転々とする合間にいくつかの書跡を残していますが、須永に匿われて佐野に逗留した折に妙顕寺本堂の扁額を揮毫しています。 金玉均は閔妃の刺客により上海で暗殺され、遺体を辱められたうえ三族に至るまで惨殺されました。福沢諭吉が「脱亜論」発表したのは、閔妃の蛮行が契機になったとも言われています。 閔妃はそれからも放蕩三昧の生活を送り、朝鮮王朝の財政を実質的に破綻させたあげく、三浦梧楼らと共謀した改革派の禹範善によって殺害されました。守旧派の反撃により日本に亡命した禹範善もまた須永の支援を受けましたが、閔妃の子の純宗が放った刺客により呉で暗殺されています。三浦もまた須永と親交のあった人物の一人です。妙顕寺には禹範善の墓があり、手水舎にある水盤には三浦梧楼の名が刻まれています。 一般には理解されがたい嗜好ゆえ★三つの評価にとどめていますが、質と言い密度と言い、このあたりの歴史に興味があれば垂涎と言っていいほどの史跡です。今回参拝では法事の最中であったのと、旅程の都合もあって早々に退散していますが、(佐野には美味しそうなラーメン店もいろいろありますし)また行きたいと思います。
ただ一点けちをつけるならば、ここの価値をわかりやすく解説した案内板等が境内に見当たらないことでしょうか。史実的な正しさよりも政治的な正しさ(しかも大して正しくはない)を重視する輩の言いがかりを避けているのかもしれませんが、予備知識なしには堪能できない寺院ゆえ、改善が望まれます。お寺のホームページには詳細な解説が記載されていますが、例えば佐野ラーメン目当てでたまたま通りかかった観光客が ( ´_ゝ`)フーン で素通りするのももった...
Read moreこの辺では数少ない日蓮宗のお寺です。立派な本堂や鬼子母神堂などの堂宇が建ち並んでいます。また、御首題にも丁寧に対応していただきました。ちなみに他の方もコメントしている通り東側にある寺務所で頂けますが、表に電話番号が張り出してあっても寺務所に入れれば(鍵がかかっていなければ)対応...
Read more日蓮宗57本山の一つに数えられています。本堂の南無日蓮大菩薩の大提灯が立派でした。他にも扁額は朝鮮の近代化を目指した金玉均の揮毫だそうです。
本堂を正面に右手の寺務所で御首題も頂けました。境内手前に...
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