誰か知らないが社頭掲示も読まずに大鷲神社に社名改竄するな! ここは金刀比羅大鷲神社が正式名だ!
金刀比羅大鷲神社 町中の神社としては最高の★4。 管理が行き届いており、街の人にも親しまれており素敵な神社。 雰囲気★★★★ 管理 ★★★★★ 規模 ★★ 歴史 ★★ 総合 ★★★
[評価基準] ★★★★★ 鷲宮神社、寒川神社、大山阿夫利神社等 歴史の古さ、規模、施設、人が素晴らしい。 ★★★★ 走水神社、比々多神社、前鳥神社等 管理が行き届いている上で歴史が有り、人も素晴らしい。 ★★★ 小規模だが素晴らしい町中の神社 管理が行き届いて神職も素晴らしい。 ★★ 小規模で普通の神社 歴史もないが荒れてもいない。 ★ 廃社同然 何とかして差し上げないとまずいレベル。
[社名] 正式名 金刀比羅大鷲神社神社 旧社名 金刀比羅神社 主祭神 大物主神、崇徳天皇
相殿 大鷲神社 祭神 天鳥船命、倭建命、手力雄命
[御利益] 御祭神からも判る通り、御祭神は海上交通の神、商売繁盛の神、武神である。
[所在地変遷] ①旧境内地 港崎遊廓内(横浜公園) 万延元年(1860年)〜 慶應ニ年(1866年)火災焼失➡遷宮
②旧境内地 大綱金刀比羅神社 旧神奈川宿台村 神奈川区台町7-34 明治元年(1868年)〜
火災で港崎遊廓街が無くなった事で、神奈川区に高島町遊廓が新設され神奈川区台町の現在の大綱金刀比羅神社に遷宮(移転)。 この神奈川区に移転していた時代に、遊廓の本場の江戸吉原遊廓街の旦那衆が酉の市発祥地の台東区千束の鷲神社で熊手を買う習慣が有る事に肖(あやか)り、千束の鷲神社より御分霊を勧請し末社として大鷲神社を開いた。
〜明治六年(1873年) 遷宮 ※神奈川区に遷宮した金刀比羅宮は古来より鎮座していた飯縄権現社と習合され大綱金刀比羅神社に名を改めて神奈川区台町に現存する。
③旧境内地 港崎遊廓内(横浜公園) 明治六年(1873年) 復興〜
港崎遊廓跡地に金刀比羅宮分祀を金刀比羅神社の名で無社格社(町内会運営)として復興登記、神奈川区の金刀比羅宮の御分霊を更に御分祀し再建。
〜明治十五年(1882年)...
Read moreA very nice and simple shrine to visit in Yokohama, near the Bandobashi Subway Station. The area was quiet and relaxing which was surprising because of it location near a shopping area. The GoShuin is...
Read more神奈川県横浜市南区真金町に鎮座する金刀比羅大鷲神社の書き置き御朱印を頂きに参拝しました。
安政6年(1859年)6月2日、横浜開港(日米通商修好条約締結はこの前の月の5月)にあたり港崎町(現在の横浜公園)に、讃岐国象頭山(香川県琴平町)に鎮座する金毘羅大権現を勧請して創建。 慶応2年10月20日の大火に類焼され翌3年吉原町に御遷座し、更に明治5年に再び高島町7丁目の海側に遷座し金刀比羅神社と社号を改正した。 そして明治15年4月、真金町に再々移転して現在に至ります。
元々港崎町にあった遊郭街の鎮守としてこの金刀比羅社はあり、その遊郭街の移転の度にこの神社も移転。 大鷲神社を合祀したのも、江戸吉原の遊郭街でお祀りされていた大鷲様を分霊して勧請したから。 因みにこの真金町に由縁のある、故・桂歌丸師匠を育てた祖母も、遊郭経営者の一人だったそうです。
御朱印はコロナ禍で書き置きしか現在授与しておられません。 以前は月替り御朱印も授与されておられたようですがそれもお辞めになられたようです。
横浜橋商店街すぐ側にあり、小さな境内地ではありますが参拝者は多かったです。
最寄り駅は横浜市営地下鉄ブルーラインの阪東橋駅...
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