国分寺駅 北口から、駅前通りを歩いて10分ほどの場所にある、黄檗宗 (おうばくしゅう) のお寺。黄檗宗は、日本の禅宗のうちの一つ。江戸時代初期に、中国から来日した隠元 (いんげん) が開祖。
山門の両側に立つ石柱の上に、摩迦羅 (マカラ) というインド神話に登場する怪魚が、魔除けとして置かれており、山門をくぐった右側にはアカマツの木が生え、放生池にかかった橋の先に本堂があります。
本堂に向かって右側にある窟門 (くつもん) と呼ばれる、 土塀に開けられた通り口を入った先に、日本最大・最古と言われるコノテガシワ (児の手柏) が立っています。コノテガシワのある周囲はがらりと雰囲気が変わり、それほど広くはないのですが緑が鬱蒼とした中庭で、知客寮・紫雲居・書院などの建物が佇む落ち着いた空間。
日本最大のコノテガシワ、というから期待して行くと、ちょっと拍子抜けするかも知れません。良く葉を見ると、庭木や生垣として、とてもよく見かける木です。多分、老木となっても、あまり巨木にはならない木なのでしょう。
コノテガシワが中国から日本に渡来した時期は、一般的に江戸時代とされているものの、万葉集の和歌に「児の手柏」が登場するので、かなり古い時代より渡来人によって、もたらされていたようです。
祥應寺の前身となるお寺のあった所 (現在の国分寺市 西元町 黒鐘公園) に、古くから植えられていたコノテガシワの二本の古木が、1726年 (享保11年) に現在の地に移植されました。うち一本は枯れてしまい、1932年 (昭和7年) に根株が掘り出されて、地蔵尊像が造立され、大願堂に安置されています。
大願堂の開運地蔵尊は、毎月24日の縁日のみ御開帳され、この日の10時から16時の間のみ御朱印が授与されます。放生池にかかる橋を渡った、右側にある事務所にていただきました。志納料は500円。
本堂の左側にある喫茶去 (きっさこ) KAIPANは、月曜・火曜が定休日。ラストオーダーは、お食事 14時、ドリンク 14時30分 とのこと。
KAIPAN (開梛) とは、入口に飾られている、叩いて時刻を知らせる魚板のことで、黄檗宗の寺院に特有の木製の僧具。木魚の原形となったといわれ、黄檗宗の本山、京都府 宇治市の萬福寺の斎堂 (食堂)...
Read more祥應寺の前身は鎌倉時代、伝祥應寺跡(国分寺市西元町・黒鐘公園北方)に起こる。開山由緒は不明であるが跡地から板碑が発掘されており阿弥陀信仰の盛んな寺院であったようである。
江戸時代の地誌(武蔵名勝図会)によると、地元の住民が跡地から鉄の阿弥陀像二体を掘り出し、のちに府中の六所宮(大國魂神社)に阿弥陀堂を建てて祀った。鉄(くろがね)の仏が掘り出されたことからこの地を「黒金」と呼んでいる。祥應寺の山号はこの地名に由来する。
享保2年(1717年)、国分寺村名主本多家が廃寺となっていた祥應寺の再興を発願。黄檗宗の僧恢門道頂禅師を懇請し再興した。 江戸幕府八代将軍徳川吉宗の享保の改革にともない、国分寺村名主本多三左衛門の子、儀右衛門と仲右衛門の兄弟によって本多新田(現・国分寺市本多)が開拓される。...
Read moreCleaner of two neighbouring shrines. More of a funeral parlour. Quiet and nothing really special. A bit...
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