【直営ロピアとちがい撮影禁止の店】
長岡丸大店を業態転換したザ・プライス丸大店(762号店)の閉店から四半世紀、
2000年8月ぶりに丸大が安売りスーパーを運営すると県内外から期待されたが叶わなかった。
県内ではロピアの持株会社Oicグループが丸大の株をイトーヨーカ堂から引き継いだ、
丸大はOicグループに入ったという報道もあった。
イトーヨーカ堂は資料の中でシーナシーナ運営会社「株式会社Firsto」に株式を譲渡する、と謳っていた。
一方Oic各社のホームページにいつまで経っても出てこないことから誤報という説が有力視される。
実際にOicグループのホームページを見てみると丸大の存在はどこにも書いていないこと、
Oicグループの提携先で資本関係のないアークランズ(当店の運営会社)ホームページにも丸大をグループに迎えたとは書いていない。
百貨店だった建物に出店したロピアとしては松戸、筑波、奈良、加古川に次いで五例目だそう。
運営は県央のホームセンター業アークランズ、
同社はホームセンターでの食品売場を経営するなかで集客に苦戦していたこと、
ロピアが未開の地に店舗網を拡げようとしていたこと、イトーヨーカ堂が地域ごと一斉閉店させたい利害が一致したことで丸大は建物を貸す側になった。
Firstoというシーナシーナ運営会社のサブリースなのか、丸大は名前だけしか見えなくなっている。
いずれにせよ丸大は1952年から続けてきた小売業から撤退、
かつてのプライス店(2代目 長岡丸大店)のように建物を貸すだけの立場になったのは変化対応の結果。
開業初日、県警察からはお巡りさんが交通整理、
白山神社による祈願祭など行事が終わるまでパトロールがあるなど初詣に近い雑踏警備が展開された。
建物の北側は昭和35年7月に完成、開業4年目で新潟地震を経験している国内有数の古い商業施設である。
建物の南側は1978年ごろ空き地に丸大が増築した部分、
ロピア出店にあたりバランスよく売り場を配置している。
全国でも例のない築65年目、昭和35年オープンという歴史ある建物、
国内のロピア出店施設としては最古の建物という説もある。
地下階は使わず1階を食品フロアにしたのは正解。
元々の食品レジ、みかづき、ポッポなどのフードコートがあった部分もロピアの売り場に改装。
開店まもない期間は試食販売も目立つが、売場の背が高く従業員を探しずらくなった。
丸大の弁当として鮭弁当が評判を呼んだがアークランズとしては今のところ展開していない模様。
店長はイトーヨーカドー丸大 柏崎SM、親会社への出向でイトーヨーカ堂 我孫子南口SM、最後の店長を歴任した竹内氏、
創業家や社長を残してロピア提携先のアークランズに転籍したのであれば黒字経営もありうる。
商店街に面しており、加古川カピル21(百貨店ヤマトヤシキ地下)のような商店街への分散、人の出入りが商店街に増えていくことが期待されている。
いっぽうでミナーラ店(奈良県、百貨店そごう - イトーヨーカ堂の後継)のようにロピアだけ寄って帰る消費者が増えて周辺テナントに人がいっさい来なくなる場合も悪いパターンとして予想されている。
この場合、催事場は上層階ではなくロピアの周囲やアーケード側に屋台を出すしか客寄せは難しい他ロピアがテナントの儲けを横取りすることも十分にある。
カーブスの増床、有力雑貨店(東急ハンズ、無印良品、ロフト)のフランチャイズ経営、有楽町マリオンのようなJR駅ビル運営会社の誘致も「にいがた2キロ」の策として使える場合もあるから業界ではポテンシャルの高い施設として注目する声もある。
このほか、当地にロピアの店が進出するにあたって北海道、奈良県に次いで競争力を維持したいイオン系スーパーマーケットが一斉に業態転換する安売り戦争の激化が予想されてきた。
県内では近隣スーパーマーケットのうち、
お買い得な業態をサブブランドに持つイオンリテールが順次「イオンスタイル」あるいは「清水フード」を休業させイオンBiGに転換していくことになる、安売り戦争の幕開けとささやかれてきた。
周辺ではラブラ万代(新交ららぽーと新潟)、
上所マルシェコート(新興住宅地ディアランド上所)、
ダイアパレス白山(分譲マンション敷地内)のイオンスタイル各店が規模的に「BiG」にリブランドしていく、改装休業で周辺の原信やウオロクに流出するという見込みもあった中、
貸主が安売り戦争を防ごうとイオン側の望む業態転換を阻止したという見方がある。
開業初日、建物の東側では「安売り戦争の現場」にされかけていた不動産開発業者一行が総出で消費者を見守る様子があった。
振り返ると大阪の高島屋(ハイランドグループ)と組んでいたイチムラ百貨店が1977年、
東北地方の地方百貨店らと独立し百貨店の連合(同盟)を設立しよう、GMS最大手のニチイに出資してもらおうとする計画を出したことで丸大は弘前まで行きイトーヨーカ堂と早々に業務提携した出来事、
これにより丸大は系列の北陸丸大(富山丸大店)を大和デパートに売却(後の西町協同ビル、前の大和富山店)するなど総合スーパーと競走していける店舗展開としてきたこと、
オイルショック後の総合スーパー期、GMSが時代遅れとなった後の不況と親会社に振り回され散々な50年であったと思う。
閉店した長岡店では「自分たちでやり直したいのに」と親会社イトーヨーカ堂からの独立を求める声、
創業家が長岡に残る中で東京の言いなりと化した会社に対して中高年らが抗議するなど、株を買い戻すなりして独立することが存続の条件と化していた。
この間に丸大を動かしてきたイチムラ百貨店は青森の武田山田百貨店に合併し百貨店連合へ、ダックシティ、ダックビブレ(百貨店業態のVIVRE - DAC VIVRE)と運営会社が変化する中で平成9年に閉店、最後は丸大だけが何とか法人として残った。
丸大ゆかりの地、
青森県にはイチムラと百貨店連合を設立した末裔「さくらの百貨店」が弘前、青森、八戸と主要都市で奮闘している。
いずれはロピアが食品売場を継ぐという見立てもある。
このほか、丸大の後に続いて地場百貨店がイトーヨーカドーの看板を掲げた創業1875年「合資会社マルキ飛島」のち「イトーヨーカドーマルキ店」を事業継承したイトーヨーカ堂 五所川原店(百貨店業の中三社長が設立 -...
Read moreイトーヨーカドー丸大から約8ヶ月を経てロピアマルダイ新潟店が2025年9月18日にオープン。 私としては品揃え、価格などの感想の前に入店までがひどすぎる点に触れます。 この投稿時点でオープン2日目です。 1日目と2日目に行きました。
まず、ロピアは1階のみに入居しており、2階や地下にはありません。 オープン1日目は本町側から入りました。 するとすぐ左の階段へと指示され、そのまま階段を上り2階へ。 ぐるっと2階を歩きエレベーター横の階段へ行き、一階へおります。 富士屋パン付近の一階へ出るとさらに上大川前出入り口まで歩き、ようやくロピア店内へと入ることができます。
これはロピア店内があくまでも一方通行的な動線で最終的に本町側出入り口に到達するようにできており、 レジも本町側にあり、本町側から退店するようになっています。
本町側から入ると目の前の1階に売り場があるにも関わらず、上記のように一旦2階へ行きグルグルと歩きまた1階へ降りてさらに入店口まで行くというつくりに高齢者の方、身体が不自由な方、などは特に難儀を強いられます。 若い方や普通に歩ける方でもかなり不便です。
2日目は階段を上がるよう指示がなかったので普通に入店できると思いましたが、エスカレーターまで歩くように指示、エスカレーターにてやはり2階に上がるようにと誘導されます。 1日目と異なり「階段」が「エスカレーター」に変更しましたが、エスカレーターに行くまでとエスカレーターを降りたあとは1日目と同じです。
とにかく道中が長すぎて他のお客さんも「なんで2階へ?」「複雑すぎる」「高齢者は来るなってこと」「障がい者は買い物できない」など不満があふれて、スタッフさんに苦情を申し出る方もいらっしゃいました。 私もまったく同感です。
2日目はすでにお客さんの入りも普通で特段、混雑はありませんが2階を迂回させて延々と歩かせるのには理解ができません。
3日目以降、どのようになるかは分かりませんが最初のうちの措置だと思いたいです。 普通に入店し...
Read moreどうして今までの本町通りの入り口を出口専用にしてしまったのでしょうか…売り場まで迷路のようでした。もう地下は営業しないのね。 ダイソーに寄りたくてもいちいち階段登るとか不便すぎる。
動線はドンキのようであまり好きではないですが駐車料金の問題でなのかムサシの店舗より空いているし核家族でも使い切れそうな魚や肉が置いてあるのでこちらの店舗のほうが好きです。丸大の店員さん、元気があっていいですね!
イトーヨーカドーのように惣菜や寿司を見てときめくこともないですけど本町や古町が好きなので再び...
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