【十二神将・Cafe・梵鐘・秘仏毘沙門天】 '23.01.21(土)7:50頃参拝。目的は十二神将。 お寺の読み方は「ほんせんじ」。京浜急行青物横丁駅から徒歩約4分くらい(改札出てすぐ右の出口からの時間)。 拝観料無料。境内中央部に駐車場あり(4~5台位❓️)。
[開門/閉門時間] 朝8:00前に参拝したところ、既に境内は入れる状態。境内だけなら24Hr開放してる⁉️(未確認) 御堂や御朱印は9:00から(多分17:00まで)。
[本堂&御本尊] 山門をくぐって境内の右奥にある、朱色が鮮やかな本堂。御本尊は水月観音(でも非公開😢)。御前立ちとして聖観音菩薩立像があるけど、畳5枚分離れた上に更に扉の向こうの奥の部屋にあるので肉眼ではよく見れませんでした…😢
[薬師堂&十二神将&毘沙門天(秘仏)] 本堂の右隣に薬師堂。薬師堂に入って真正面に薬師三尊、そしてお目当ての十二神将😍 更に毎年1/1~2/3(位❓️)まで薬師如来の目の前に秘仏の毘沙門天が公開されている様です。薬師堂の主の真ん前に毘沙門天がいる光景は不思議と言うか、薬師如来が気の毒な気がします…😅 十二神将は薬師三尊の左右に6体ずつ並んでいますが、それぞれが重なり合っているので細部は少し見づらいかも。それでも十二神将を拝観できることに感謝🙇しかも写真🆗👍
[御朱印] 御朱印所は薬師堂入ってすぐ右側。「普門院」「江戸六地蔵尊」「毘沙門天」の3種類(多分。もう1つ位あったかも…😅)。僕は今回「普門院(¥500)」のみ頂きました(直書き)。
[梵鐘] ここの梵鐘はとても有名なものだそうで、何でもパリ万博(1867年)、ウィーン万博(1873年)に出展されたものだとか。その後所在がわからなくなってしまった様ですが、関係者の尽力で発見・返還された歴史があるそうです(よかった😂)。
[Cafe:品川茶屋] お寺には珍しくカフェが併設されています。営業時間11:00~16:30。月曜定休日(月曜祝日なら翌日休み)。僕は10:00にはお寺を出てしまって寄れなかったのですが、金土日限定メニューもある様なので、時間がある方は寄ってみては如何でしょうか。
[その他] 山門の手前には巨大な地蔵菩薩坐像、境内には弁天堂、稲荷堂、大銀杏(品川区指定天然記念物)、役行者、七福神石仏、倉庫上の像(聖観音❓️、馬&鳥、犬。どういう意図なんだろう…🤔)など。
[まとめ] このお寺はそれ程広くない(失礼💦)ですが、見所はたくさん...
Read more〔海照山 普門院 品川寺(ほんせんじ)/Honsenji Temple〕 空海が開山の古刹です。お寺境内カフェもあり、旧東海道の名所です。
《旧東海道沿い》 京急 青物横丁駅 の改札を出て、右方向に歩いていくと、旧東海道との交差点。
セブンイレブンの手前を右に曲がると、あとわずかで 品川寺の入口です。
《ジュネーブ平和通り》 青物横丁駅の前の道は、「ジュネーブ平和通り」と名付けられてますが、このお寺の梵鐘のにまつわる数奇な物語が、名前の由来とのこと。
以前の私は、「ここは東京の品川なのに、何故ジュネーブか」と素朴に思っていました。
《街道を見守る お地蔵様》 さて、お寺の入口には、大きなお地蔵様の仏像があります。
江戸時代には、五街道の入り口の寺に、旅の安全や無事を願い、お地蔵様がまつられました。
品川寺のお地蔵様は東海道の安全を 見守り続けています。
《約千二百年の古刹》 お寺の開基は、大変に古く、大同年間(806年~810年)、真言宗の開祖 空海 が開いたと伝えられています。
ご本尊は水月観音 と 聖観音 です。
《七福神》 毘沙門天 もまつられていて、東海七福神の一つとなっています。また、鐘楼の近くには、小さな七福神さまたちが 祀られています。
《別格本山》 なお、品川寺は 真言宗醍醐寺派 の別格本山で、大変格式も高いお寺です。
《大いちょう》 境内にある大いちょう...
Read more品川寺の読み方は「しながわでら」ではなく、「ほんせんじ」です。海照山品川寺にまつわるお話です。 一書曰く「普門院と号す。真言宗にして、京師(みやこ)三宝院に属す。開山は権大僧都弘尊(ごんだいそうずこうそん)法印と号せり。本堂 本尊聖観世音菩薩(海中より出現ありし閻浮檀金(えんぶだごん)の霊像にして、弘法大師の念持仏なりといえり。世に水月観音と称(とな)え奉る。この霊像の利益感応のすみやかなることは、あたかも、月の水に影をやどすがごとくなりというこころをもって、かく号(なづ)くるとなり」。薬師堂(中門の左にあり。本尊薬師ならびに十二神将の像を安置す。弘法大師作なり)。紫銅地蔵尊(門を入りて左の方にあり。石を畳みて台座を設く。宝永五年戊子(1708)、沙門正元坊建立するところにして、江戸六地蔵の一員なり)とあります。 その他に、本尊の縁起によれば、永禄九年(1566)に武田信玄が不意に江戸に押し寄せ、このとき、甲州方の竹森と蔭村という二人の侍が、品川観音の御堂を焼き本尊(水月観音)を奪って甲州へ帰ったが、祟りがあったのか本人は狂乱し本尊を元に遷(うつ)した、とあります。ですから、今も品川寺の御本尊として鎮座されています。ただ、御開帳はされていないとのことでした。また、江戸六地蔵菩薩とは、六街道(東海道、奥州街道、甲州街道、中仙道、水戸街道、千葉街道)の入り口に鎮座して、道行く人々の無事を守り、江戸府内の疫病を払い、世を浄土にするために建...
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