皆様書いておられるように法隆寺の鬼門にある天満宮です。 秋祭りの際には神霊神輿が法隆寺境内の御旅所に移動します。 途中、法隆寺東大門にて並松、西里、東里、五丁町、三町の五大字の太鼓台と提灯台が連座し、順に(その年々で順が決まってます)南大門へと移動し境内の御旅所に神霊神輿が2日間滞在なさいます。 9月の昔宵宮では、斑鳩神社で提灯台のお祓いをしていただきます。東里では子ども会の子どもたち、役員、保護者、太鼓委員会の方々が参加しています。 狛犬さんは拝殿と本殿の間におられ、基本的に近づくことはできません。 大晦日からお正月はテントがはられ、おみくじや熊手などあります。御神酒も振る舞われます。 御朱印、スタンプですが、薄くなってます…😢
斑鳩町史によりますと、 「法隆寺の東北部、極楽寺と接して天満山の社に鎮座する。明治七年の大和国郷村社取調帳には天満宮と記人され、道真公をまつるが、これは天慶年中に法隆寺の逮照僧都は菅原氏の後裔であるという関係を以ってこれを祀ったという。新社ははじめ丘の麓にあったのであるが、元享四年いまの丘上に遷座したといわれる。旧指定村社である社殿は素木の春日造一間社で、屋根は桧皮茸である。江戸時代には寛文八年三月・享保十一年八月・嘉永二年・明治三年に順造営されている。本殿の向って左に一殿、右に二股何れも春日造瓦葺朱塗で、この三殿に惣社・五所社・白山社・大将軍社・厳島社・恵美須社の六社をまつる。拝殿は平屋瓦葺で「天満宮」の額を掲げる。境内には宝永・天保・安政・慶応から明治・大正にわたって寄進された石灯が立ち並び、何れも天満宮と刻してある。また百度石は西里の辰巳平四郎が万延元年(一八六〇) 霜月二十五日に奉納したものである。 境内社の惣社・五所社・白山社の三社は明治二年七月に法隆寺境内から遷したものである。惣社は古老の伝に、当所地主神伊香流我志古男之命以下をまつり、建保六年(一ー八)と延慶三年(一三一〇)とにそれぞれ造営の歴史を持つという。五所社は延喜式内の平群神社五座にあてられ、一説に住吉一所・春日四所合せて五所と称すとも云われる。白山社ははじめ三段であったのをうちに合祀したもので、この旧殿は古老の伝によれば慶長六年(一六〇一)の造営にして豊臣秀頼の寄進という。...
Read more【斑鳩神社】(いかるがじんじゃ)は奈良県生駒郡の神社。法隆寺の北東の天満山に位置し、菅原道真を祀る。法隆寺鎮守4社の1つで寺の鬼門の守護神とされ、現在も関係が深い。天慶年間に法隆寺の管主で菅原氏の湛照が創祀し、元亨4年(1324年)に僧・慶祐が社殿を造営したとの記録がある。当初は天満山の西麓に位置し境内に如法経堂という堂があったが、寛文年間に火災で全焼した。寛文8年(1668年)に神殿が再建された後、水害のため享保10年(1725年)に現在と同じ山上に移ったと伝えられる。1869年(明治2年)には、法隆寺境内にあった総社明神、五所明神、白山権現が遷祀された。 所在地:奈良県生駒郡斑...
Read more法隆寺から北へ徒歩10分くらいの場所にあります。法隆寺のインフォメンションセンターで、ガイドスタッフさんの「斑鳩神社の周辺はきれいですよ」とのアドバイス頂きました。 溜め池を見下ろす高台に鎮座する、菅原道真を祀る天満宮。学問の神様です。法隆寺の鬼門の守護神として、元々は法隆寺が祭祀を行っていたものの、明治時代の神仏分離令で別管理の体制になったそう。境内は美しく保たれていたけど、神職さんが常駐されていないようで御朱印はセルフ方式。本殿横の台の上に御朱印セット的な用意がされていて、ハンコや日付を書き込むための筆ペン...
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