港区芝に鎮座する御穂鹿島神社は、都会の喧騒の中にありながら、静寂と神聖さが共存する隠れた名所です。主祭神として武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)を祀り、武道や勝負事の守護神として多くの信仰を集めています。この地に鎮座して以来、地域の守り神として親しまれ、多くの人々が日々の平安や成功を祈願するために参拝しています。
境内はこぢんまりとしているものの、手入れが行き届き、清々しい雰囲気が漂っています。社殿の伝統的な建築様式は簡素ながらも趣があり、神社特有の落ち着きを感じさせます。また、周囲にはビルが立ち並ぶ中、緑が程よく残されており、訪れる人に自然の癒しも与えてくれます。港区という都心にありながら、ここだけは時間がゆっくり流れているかのような特別な空間です。
御穂鹿島神社は、日常の忙しさから少し離れ、自分と向き合う時間を持つのに最適な場所です。武甕槌大神に祈りを捧げながら、心をリフレッシュさせることができるこの神社は、地元の人々だけでなく、都心に訪れる観光客にもぜひ足を運んでほしい神聖なスポットです。
Located in the bustling area of Shiba, Minato City, Miho-Kashima Shrine is a serene and sacred space that offers a peaceful retreat amidst the urban chaos. The shrine enshrines Takemikazuchi-no-Okami, the god of martial arts and victory, making it a revered place for those seeking blessings for success and protection. Since its establishment in this area, the shrine has served as a beloved guardian deity for the local community, attracting visitors who come to pray for peace and prosperity.
Although modest in size, the shrine’s grounds are meticulously maintained, exuding a sense of purity and tranquility. The main hall features traditional architectural elements, embodying simplicity and a timeless charm. Surrounded by modern buildings, the shrine stands out as a pocket of greenery, offering a refreshing natural respite for visitors. Despite being in the heart of the city, the atmosphere here feels calm and unhurried, providing a unique contrast to its urban surroundings.
Miho-Kashima Shrine is an ideal place to step away from the hustle and bustle of daily life and take a moment to reflect. By offering prayers to Takemikazuchi-no-Okami, visitors can find not only spiritual solace but also a renewed sense of energy. This hidden gem in Minato City is a must-visit for both locals and tourists seeking a meaningful and tranquil...
Read more東京都港区芝4丁目に鎮座する御穂鹿嶋神社の直書き御朱印を頂きに参拝。
平成16年まで御穂神社と鹿嶋神社は別々のお社であったため、御朱印もそれぞれにあります。授与所はひとつなので、そこで両方又はそれぞれ頂くことが出来ます。
まずは御穂神社の御由緒。 御祭神は藤原藤房卿。 後村上天皇の御代(1339年~1368年)、芝浦に一人の気高き老翁がおり、ささやかな庵を結び村人を教え導いた。 彼の没後、その高徳を慕う村人たちが庵の跡に宮所を設け、尉殿の宮と崇めたことが創始とのこと。
因みにこの伝承、老翁は藤原藤房卿でした…という話のオチがあるのだが、実はこの方、建武元年(1334年)10月にいきなり出家して、以後行方を眩ませてしまった人物で、貴種流離譚として各地に諸説伝承が存在する、ちょっと曰く付きの人物。 というか御穂神社の御由緒自体にも、駿河国三保からの移住者が、故郷の氏神である御穂神社を勧請した説も存在してたりはする。
次に鹿嶋神社の御由緒。 御祭神は武甕槌命。 その昔、沖の方より神殿がこの地に漂着した。 中には幣帛があったが打ち寄せる波に少しも濡れておらず、どこの社のものか不明なまま海岸に安置された。 後日、常陸国の人が探しに来て、鹿島神宮に鎮座していた一社であると判明し持ち帰った。 が、再び同じように流されてしまい、またしても全く同じ場所に流れ着いてしまう。 さらに「この浦に祀り坐すべし」と御神託があり、当地の人々はこの奇瑞に驚き、宮所を定め祀ったのが始まりとされる。
この御穂鹿嶋神社が鎮座する芝浦から南に下った大井にも、古代の東海道と考えられる池上通り沿いに、往古から鹿嶋神社が鎮座している(古代東海道はこの池上通りから高輪の二本榎通りに繋がり、三田の聖坂から霞ヶ関方面へ延びていたそうなので、この御穂鹿嶋神社の側を古代東海道が抜けていた事は考えられる)。 つまり古代東京の西部湾岸は「流海」や「香取海」と呼ばれた、現在の霞ヶ浦や牛久沼、印旛沼、手賀沼、涸沼等も含めた広大な海域を持ち、その海利権を手中にしていた鹿島神宮(香取神宮もだけど)と、海のネットワークで深く繋がっていたことが理解できる。
今現在は、田町駅から第一京浜を少し入った線路沿いにポツンと建つお社でありますが、こうやって考えると、目の前のJRの線路から向こうにブワーッと古代の何もない東京湾の風...
Read moreJR田町駅近くにあるこの神社のまわりは芝浦と呼ばれる地区の一画で昭和40年(1965年)頃まで運河があり、漁船が停泊していました。 海苔養殖や漁などに東京湾へ船を出していたんですね。明治時代から埋立てが進み、芝浦全体は大きな埠頭と倉庫街で寂しい地域だったのです。 現在の林立するマンション群はここ10年の急激な変化の賜物です。そしてこの神社も一時廃寺のような有り様でしたが、地区の再開発で周辺に公園が整備され、高層ビルも建ち並ぶようになってこのようにきれいに改築されたようです。 神社の歴史は古く、江戸時代は観光スポットだったようです。きっと神様も今の...
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