お、光秀関係の企画展やってるんだ。大河ドラマの影響力というのおは大したもんだなあ。 細川コレクションの光秀展だったらハズレのあるべうもない。おぉもうすぐ終わってしまうではないか。 ということでおっとり刀で出かける。 実は永青文庫は初めて。もちろん以前から気になってはいたのだけれど、折に触れてみる企画展告知の内容がどうも渋くって、なかなか縁がなかった。 でも今回は茶器系ではなく文書ですからね、無粋でもいけるでしょう。 冷たい雨の降る中、椿山荘前でバスを降りる。目白通りを左に折れて、路地というほどでもないが細い道を行くと、ほどなく左手に蕉雨園という石柱の立ついわくありげな一角が。ここは紅葉が茶色く縮れもせず保たれていて見る者の眼を驚かす。後で調べたらここは田中光顕の屋敷だったそうで、ははぁそんなら蔵が立派なのはムベなるかな(なるほど田中という人は山縣元帥の腰巾着でもあったのか)。今は講談社の野間さん持ちらしい。ゲストハウスにでも使っているのかな。 永青文庫はそのすぐ右手で、敷地入ってすぐに巨木を見上げる。幹には保存樹木のプレートが巻き付けられていて、管理者の名が元首相だったりするのが、当たり前のことだけれどもそこはかとなくおかしい。 文庫の建物もすぐのところにある。明治以降の財閥系美術館などには、アプローチがやたら長くて勿体ぶったところもあるのと対照的なのが却って懐の深さを思わせる。建物も、明らかに古いのだけれども実質的というか質朴というか、ケレン味がない。柱や天井にもおよそ装飾的な要素は薄く、各階の扉も時代がかった金庫のようだ。 それもそのはずで、この建物は侯爵家期の事務所だったそうだ(館内の説明パネルで知った)。 だが中身は凄いぞ。いやぁ舌を巻きました。 信長の黒印状・朱印状のオンパレード。そんな中にいく片の蘭奢待がサラッと展示されていて、二位法印以来の底知れなさに身震いを催す。展示説明には由来は判然としないというようなことが書いてあったが、このコンテキストでこれを出したら信長の下されと連想するだろうよ。ずるいぞ、細川w 話は逸れるが、この家は室町期の錦旗も収蔵しているのではなかったか。管領家とは別系統なのに何だってそんなものを持ってるんだろう。抜け目ないなぁ。 さて今回の展示だが、当然に光秀の花押が据えられた書状も出ている。ひとつは巻子仕立てになっていて、ほか何通かと一括されている。うち一通は明らかに秀吉の書き判なのだが、それについての説明はなし。今回の展示は「細川と明智」だから割愛されたのだろうし、豊太閤の文書などこの家には珍しいものでもないということか(だったらその巻子、秀吉の分まで展開する必要もないのだが、そういうチャッカリさも藤孝以来なのだろう)。 まぁこの家の物持ちの良さには驚きました。 他のフロアでは、幽斎が団扇を持つ周知の肖像とか、護立さん収集の唐代の釈迦像(これがまた絶品! 台座の蓮弁まで間然するところがない。さすがはゴリューさん)の展示があったり、お約束の茶器の展示もあって(この日は三斎愛蔵という利休の茶杓「ゆがみ」も出ていた)、もーお腹いっぱい。 でもね、やっぱりずるいのですよ。憎いのですよ。 ショーケース(というより陳列棚というのがふさわしい木製の棚)も階ごとに統一感があって好もしいのだが、風通しのためだろうか下部が空いていて、最上階ではそこに定紋入りの長持ちがいくつも収納されていた。 こちらは杏葉紋、ははぁ九曜紋こりゃ当然だね、え!牡丹紋? 九曜紋は細川の定紋で、杏葉紋は鍋島だ。何代か前の正室は鍋島から来たのだ。 はい、牡丹紋ですね。近衞さんですね。そーだよなー、ここんちの先代の奥さんは文麿元首相の娘さんだったよな。 どーです、ずるいでしょう? いやホントお腹いっぱい。 でも待てよ、この調性、どうも前にも接したことがあるな。 大名コレクションということなら徳川美術館も同類だが、違うんだ、こことは。 ここはドキュメントへの偏執性という点で他と著しく違う。結果としてかどうかはわからないが、その取捨選択のセンスがいいんだ。信長の印判状ズラリなんて、なかなかないんじゃないか。 それに本能寺直後の光秀の泣き言書状。 抑えるとこはキッチリ抑えてまっせ、てなもんだ。 これはあまりに有名で、司馬遼太郎さんもどこかに書いていた。光秀はうっかりグチを吐露してしまったが、その宛先が物持ちのいい細川だったのが運の尽き、数世紀後まで伝世してしまう羽目とはなった、と。 この書状は鬼気迫るものがある。 細川父子に対して怒ったかと思うとヘンに理解を示してみたり、取り分を増やしてやろう、いやいや天下を引き渡そうとまで掻き口説いていて、差出人の悩乱ぶりがありありと窺われる。いずれ右筆の手跡なのだろうが、花押を据える光秀を想像すると、ちょっと可哀そうになる。 この書状は、光秀が語るままを即席で筆記したものなのだろうか。そうだとしたら右筆も目のやり場に困るような場面もあったのではないか。いざ書き判の段に至っては呻吟してなかなか据えられず、いたたまれずに退席してしまったかもしれない。 この書状は、ほんの一瞥しただけでそれほどの感慨を催させる。 だがこの書状の実物に接すると、光秀はクーデターの失敗など想像もしていなかったのではないかとも思われた。上げたり下げたり起伏の激しいこの「覚」は日付が6月9日付、つまり本能寺の(こんにち風に言えば)ちょうど1週間後だ。蹶起前は自信満々というか、「乃公出ずれば四海靡くらん」というくらいだったのではないか。 このたびの展示では中国攻めに関する信長の藤孝宛の朱印状もあって、それを踏まえて「覚」に接すると、そんな想像が湧いてしまうのだ。一連の書状は4月下旬でも「子細は光秀から」とあり、信長が光秀を猜疑している様子はない。細川が与同することを光秀は豪も疑っていなかっただろう。そこで彼の自尊心が悪魔の囁きを聞き取ってしまったのではないか。 さてしかし、こんな書状が残されてしまったとはまことに無残やな。こんな信書を公表されては、光秀とて死んでも死にきれまい。ごく最近、米国大統領の交代があったが、執務机に前任者から新任者への手紙があったという(それは慣例らしいのだが)。新任者は、その内容が「思いやりのあるものだった」とだけ言って曝しはしなかった。いずれ400年も経っていることではあるが、何だかいたたまれなさを感じる。 それでもこの家は悪印象を持たれない。司馬さんはそれを芸と言った。それは確かにそうだろうが、計算づくのことでもないようだ。その秘訣も今回の展示で看たように思う。 もう寛永になってからのこと、三斎が嗣子からの手紙に返事して「お前が文箱に件名を表示するのは明智日向殿もやっていたことで、まことに理に適っている」としたためている。こうした公正さというか誠によって、赤っ面たることを免れているのだろう。それは本能寺焼け跡で追善連歌を興行した幽斎のこころにも通じる。 それが「有効期限ギリギリの後出しジャンケン」なのが芸なのだ。 恐らく霊陽院義昭将軍の書状とかも伝えているんだろうな。 このドキュメント保管の勘どころは、陽明文庫や時雨亭文庫に通じる、公家のセンスだ。 肥後細川というのは、宮廷官人清原氏という出自も持つ、公武の混ざり具合で類例がない、まことに比類のない家だ。 幽邃さよりも向日性の傾斜が勝る附属の庭園も良かった。この庭園の明るさも仙洞御所(京都の)のようで、ここでも公家っぽさ...
Read moreTwo stars for the building and the setting (nearby garden) but, if I wanted to see the bric-a-brac of a wealthy dilettante, I can swipe around Instagram for free.
The Hosokawa family really needs to think carefully about its curatorial choices here: not a single one of the items listed in the English guide (including a national treasure and several culturally significant works) were on display but, sure, include betting tickets, restaurant menus, luxury train passes and store welcome cards from Louis Vuitton, Christofle and others from a trip to Paris in the 1920s. Add a minor Cézanne, some dried-up palettes and a Le Coultre clock and that is half of what is on display today.
Again, I cannot understand the ¥1000 adult entry fee for museums like this given the paucity of the collection. Avoid unless you feel like a nice walk from the streetcar across the river to the garden and up the hill in...
Read moreWhat a nice little gem! I went to see the exhibition on the tea ceremony utensils from the Hosokawa family’s collection. The museum itself is small, but the treasures on display are impressive and some of them are designated as national treasures and important cultural assets. Please note that, although you will be given a leaflet with an overview in English, most exhibits are in Japanese only. Overall, I really enjoyed it and the location is quite beautiful, perfect for a weekend stroll away from the hustle and bustle of the city. Also, admission is free with the...
Read more