【追憶の軌跡】西公園の静謐に包まれる秋田の名酒たち。

“不条理”という言葉に出会ったのは16歳の時だった。 フランスの小説家アルベール・カミュの名作を読んだ時の衝撃は、いまだに忘れまい。 歳を重ねる度毎に、仕事をこなす程に、人生の不条理に出会うことも増えてゆく。 時に不条理は、仕事を拒絶し酒を誘う。

闇に支配された西公園のそばで赤い提灯がやけに目立っていた。 この周辺では、ほかに飲食店は見当たらない。 かろうじてカウンター席が空いていた。 場所柄であろうか、学生風の若い客層が多い。 奥のテーブルでは教授とゼミ生の会話が聞こえてくる。 ユニークなネーミングのメニューが並ぶ。 まずは「田沢湖ビール」を飲み、心の中に漂う不条理の影を洗い流した。 「いぶりがっこチーズVS奈良漬チーズ」、そして「なめろう」をチョイスする。 となると、日本酒への欲求が高まるのは必然であった。 「鳥海山」のすっきりとした切れ味が不条理の滓を吹き飛ばす。 白ワインを彷彿とさせる「山本」が、豊かな生の謳歌を高める。 「玉川」の人生史上最高のとろみのあるにごりを受け止め、「ゆきの美人」と「花邑」で愉悦を至る。 しばしば訪れていた秋田の思い出が次々と蘇る。 『ここは小さな秋田だ』 秋田が恋しくなったなら、またこの店に訪ればいい...