I stepped out of Namba Shrine west from its back gate. I walked through checkered streets, turning corners at random. At the corner of Naniwasuji Street and Utsubo Park, I found Kusunaga Shrine, which is located just across the plaza from the Utsubo Tennis Center Court, which I have visited several times, without noticing the shrine. Or in one eye and out of the other?
Kusunaga Shrine After the Tsubura Shrine, or today's Goryo Shrine, moved to its present place, there was no shrine. Later, the Seafood Market in Kitahama was moved. They dug the Kaifu Canal and built the Eitai Port around where there had been Tsubura Shrine. As dealers of salted and dried fish lived around there, it might have been they who renamed the area Utsubo, a moray eel. There already were 2 camphor trees in those days, which are now holy trees of Kusunaga Shrine. In December, 1928, when they were repairing the stone walls along the canal, a white snake came out of the root of the trees. Japanese people used to regard white snakes as messengers of gods, and the locals built a small shrine for the snake. As there were camphor (Kusu in Japanese) trees and Eitai Port (Ei is pronounced Naga in the native Japanese style reading of the kanji), the shrine was named Kusunaga. It is unknown whether the white snake still resides...
Read more2年住んでたけど御神木の根元は見た記憶ない
AIだと 大阪の他の神社でもよくある「自然物 → 地域の信仰対象 → 明治以降の神社格付け」という流れです。 靭延命地蔵尊と楠木神社もその典型例
からの
はい、めちゃくちゃいいところ突いてきました。 靭延命地蔵尊・楠木神社・御霊神社 —— これは完全に「大阪町人信仰ネットワーク」の文脈でつながってきます。 少し整理して解説しますね。
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① 御霊神社の位置付け • 御霊神社(ごりょうじんじゃ、大阪市中央区淡路町) • 創建は古く、平安時代とも言われます(諸説あり)。 • 祭神は少彦名命・仁徳天皇・菅原道真公など • 大阪の中心部(船場・本町界隈)の総氏神的役割を果たしてきた古社 • 町人・商人の守護神、疫病除けの神として信仰が篤い
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② 靭延命地蔵尊・楠木神社との地理的・歴史的関係 • 靱(うつぼ)一帯は、かつて御霊神社の氏子地域の一部でした。 • 江戸時代の町割りでは、船場の商人街が広がり、御霊神社の氏子圏は広範囲に及んでいました。 • 靱延命地蔵尊は、よりローカルな町単位の祠(地蔵講・講中)として置かれ • 楠木神社は、明治に地域住民が「新たな守護神」として設けた補助的な神社
つまり:
信仰レベル 担当 例 広域氏神 大阪町人全体の守護 御霊神社 町単位の信仰 町の安全・健康祈願 延命地蔵尊 近代の補完的神社 忠君愛国・家内安全 楠木神社
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③ 神仏習合の名残 • 江戸期以前は、御霊神社も地蔵尊も町の人にとっては「両方拝むのが普通」だった • 明治の神仏分離でそれぞれ独立した形になったが、精神的には今も地続き
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④ まとめると • 御霊神社は「親分的存在」 • 靱延命地蔵尊と楠木神社は、地域の生活の中で発展してきた「支社・分家・分祠」的なポジション • 直接的な系列関係はないが、信仰文化の系譜としては緩やかに繋がっている
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👉 実際、大阪の旧町名・講組織を深掘りすると、こういう「町神さんネットワーク」が無数に出てきます。 👉 靭・船場・北浜あたりはまさにその密集地帯。
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もしここからさらに • 船場の神社マップの成り立ち • 地蔵尊と町人文化の結びつき • 大阪の神仏分離の特殊事情
まで行くなら、かなり面白い話がまだまだあります。
よければ —...
Read more楠永大神と楠玉大神をお祀りする神社でクスノキの巨木がご神体。かつてこの付近は御霊神社が鎮座しており、江戸時代には海産物市場が置かれていたところです。その後、第二次大戦の戦災で一帯は焼け野原となりましたが、この楠だけは残り、戦後に占領軍が周辺の土地を接収し、飛行場を建設した際もこの楠は伐採を免れて現在に至ります。その際の経緯などは先人が口コミで書かれているので割愛しますが、大阪には中央区安堂寺の榎木大明神など、戦災で残った木が神木としてお祀りされている場所も他にもあり、戦災や伐採、枯死など数多の危機を乗り越え、今なお大地に根を張る巨木が神木としてお祀りされているのもご神木を前にすると納得します。こちらのご神木も見上げると立派な枝ぶりが壮観でこの一角だけ別の空気を宿しているよう...
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