【人生最期の食事を求めて】疲労と空腹がもたらす四川麻婆豆腐の源流。
その日の意志、あるいは気分、あるいは締切によって、仕事の配分を変え、時には優先し、時には放擲する。 そうすることで、私はその日一日を自己采配できることをあらためて知った。 天候が良ければ外部に飛び出し、天候が悪ければ内部を掘り下げる。
空を晴れ渡っていた。 そこに浮かぶ雲に、追憶という過去が流れているように見えた。
気がつくと、私は石川町駅に辿り着いていた。 中村川と山手の丘の間に詰め込まれた商店街を通り過ぎ、山手トンネルを抜けて本牧通りを歩いた。 遠い過去の追憶と現在の残影とが交錯する中で、街が醸し出す衰退の空気に包まれがながらも私はひたすら歩き続けた。 洗練や品格も消失し、意気消沈している街の有り様は、別段この地に限ったことではあるまい。 かつては“マイカル本牧”として栄えた建築物が見えてきた。 現在では、“イオン本牧店”に変貌しているものの、この街の象徴である建築物は健在であるように見えた。 しかしながら、人影も活気も喪失したその先には何が残るというのだろう? 地下鉄みなとみらい線が中華街にとどまらず、本牧エリアにまで延伸されていれば、これほどまで寂寥感に包まれた街にはなっていなかったはずなのに。
イオン本牧店から折り返すために周辺を取り囲む公園やマンションを抜け、ワシン坂を登った。 空は薄雲で覆われ始めたものの、急峻な坂道が私の息を荒げさせ、背中に汗が滲むのを感じた。 日米和親条約、湧き清水、ワシンという外国人が住んでいた説など、ワシン坂の由来は諸説あるが、谷崎潤一郎、芥川龍之介、中島敦といった文学者たちが風景でもある。 どこか粛然とした高級住宅の連なりを抜け、港の見える丘公園を通り過ぎ、谷戸坂を下る。 すると、11時を過ぎていた。 この長い道のりに渡り考えながら歩くことを、私は“歩考”と呼ぶ。 断片的な思考の数々、身体の仄かな火照り、緩やかに訪れる疲労感ーーこの歩考は、私の人生とってもはや不可欠な習慣となった。 しかも異様な空腹に襲われて、私の疲れた足先は中華街へと向かっていった。
中華街が近づくにつれて、私はある種の躊躇に襲われた。 金曜日の昼12時。 まさに繁忙の時刻である。 といって、疲労と空腹に襲われた私は、中華料理の活力を求めて中華街のさらに奥処へと踏み込むのだった。
案の定、修学旅行の学生や観光客の大群が道を埋め尽くしていた。 食べ歩きしながら歩いている人や店を探し求めている人を掻き分けながら、私は店も決めずに歩き続けた。 そこへ、以前からしばしば訪れていた店の看板が私の前に立ちはだかった。 すると、私の疲労と空腹はあの四川麻婆豆腐の芳醇な香りと刺激を求めた。
店に入ると、想像よりも店内は混雑していない。 「オ2階ヘ、ドウゾ」 辿々しい日本語も以前と変わっていない。
2階のテーブル席に座るや否や、迷うことなく週替わりランチメニューのひとつである「本場の四川麻婆豆腐」を選んだ。 次々の客が訪れテーブル席が埋まっていく様子から、私が入店したタイミングは幸運だったと言えよう。 さほど待つことなく白磁の器に盛られたそれは、もはや一皿の料理というよりは、炎の詩、烈火の絵巻である。 赤と黒との螺旋を描く辣油は、まるで血と墨の交錯のようで、見る者の視神経に鮮烈な印象を刻みつける。
その中に浮かぶする豆腐は、刻一刻と香辛の熱と痺れに蝕まれていて、まるで潔癖なる魂が運命の誘惑に屈する瞬間のように見えた。 香り立つ花椒の香は、ただの刺激ではなく、むしろ麻痺を超えた覚醒である。 舌に触れた瞬間、魂がその深奥から呼び覚まされるような錯覚を覚え、私はこの店の四川麻婆豆腐を選んだことを強く肯定した。 粗挽きの牛肉は、力強く、濃密にして野性的であり、それが豆腐という清らかな肉体にまるで宿命のように降りかかる。 これは、味覚のエロティシズムであり、官能を超えてなお崇高さへと昇華する料理なのだ。 世に麻婆豆腐と呼ばれる料理は数あれど、その多くは単なる辛味と痺れの模倣に甘んじ、魂を持たぬ即物的な快楽に堕している。
だが、この店に供される四川麻婆豆腐は、そのいずれとも異なる。 これは料理という名を借りたひとつの“思想”であり、烈しき情念の昇華である。 しかも、食の荒野に咲く一輪の毒花である。 そしてその毒は、知る者にしか与えられぬ快楽と陶酔を秘めている。 麻と辣の交錯する彼岸、その地平に立って初めて、人は食における美の極致を垣間見るのである。 美と力、精神と肉体、破壊と創造が、ひとつの形式に昇華された、烈しき美の具現なのだ。
思わずグラスの水を飲み干した。 それは辛さを払拭するためではない。 自己の内奥にひそむ混沌と対峙し、美と崇高さの在り処を問い直すためである。 そのための冷静な作業のひとつとして水を飲むのだ。 京華楼の四川麻婆豆腐が他の凡庸なる模倣と一線を画す孤高の確認なのだ。 杏仁豆腐を啄みながら、私は体内で躍動した花椒の鮮烈なる香気の残滓に浸った。 過激さと節度、野性と洗練という、相反する二元の緊張が在り、まさに“形式の中の自由”の...
Read moreI have to say, everything I tried here was absolutely delicious and we ate until our bellies were full!!! With reasonably priced food, especially during the lunch hour, I would definitely recommend this place to anyone visiting Yokohama’s Chinatown. Out of everything we tried though, the most delicious was definitely the Mabo Tofu, with a delicious mix of spices and a deep, satisfying flavour. It was very well seasoned, and better yet: during the lunch hour a bowl of mabo tofu costs only ¥330! It’s a perfect addition to the meal for anyone wanting to share or try a little bit of the dish. Although I was hoping the dishes would be bit spicier, overall, this place...
Read moreThis place is absolutely fantastic. I highly recommend the course menu, although be warned that it is way too much food. If you choose well, though, you could have a great lunch box of leftovers the next day. If you order a la carte, you’ll most likely rack up quite the bill, and the courses aren’t cheap, but much cheaper than a la carte. The flavors were amazing, and the ingredients seemed very fresh. The Sichuan peppers numbed my mouth, as they should. I definitely would come again for a...
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