I love bridges. The second to last bridge of the Sumida River is 勝鬨橋 Kachidoki Bridge (built 1933-1940) (center drawbridge no longer used). This is my second favorite of the bridges of the Sumida River. (The Kiyosu Bridge is my favorite.) It has a pair of buildings on either side of the unused drawbridge on both sides of the bridge that housed the operators. There is a tunnel for pedestrians to pass beneath the lookout towers as well as a pedestrian balcony around the turrets. These structures rest on the mid-river footings of the bridge. There is a Kachidoki Bridge Museum across from the North West corner...
Read more1940年竣工。隅田川に架かる日本で現存する数少ない可動橋です(現在は機械部への送電を止めており、可動することはありません)。 当時、築地と月島の間には渡し舟(勝鬨の渡し)がありましたが、1929年に架橋が実現しました。当時は隅田川を航行する船舶が多く、陸運よりも水運を優先すべく、3000トン級の船舶が航行することを視野に入れた可動橋として設計されました。 1933年から7年の歳月を経て、1940年に竣工。1940年に日本万国博覧会を月島地区で開催する予定であったため、日本の技術力を誇示でき、さらに格式高い形式にすべく、欧米からは技術者は招かず全て日本人の技術者が設計施工を行いました(日本万国博覧会は戦争で中止)。1940年に完成した勝鬨橋には路面電車のレールも敷設されていました(1968年までこの上を都電が走っていました)。 設置当初は1日に5回、1回につき20分跳開していました。しかし、船舶航行量の減少や高度経済成長の進展で次第に跳開する回数は減少し、1964年、上流に佃大橋が建造されて以降、閉会回数は激減しました。そして1967年に最後の跳開が行われ、それ以降は試験のための跳開以外は行われず、1970年を最後に開閉が停止となり、1980年には電力供給も停止しました。 現在、再び跳開させようという動きはあるものの、機械部の復旧費用や多大な交通量への影響から実現の目処は立っていません。 2007年に清洲橋・永代橋と共に国の重要文化財に指定されました。 現在も機械部は残っており、写真にある信号は、通行する自動車に橋の開閉を行う合図として使用されていたのではないかと思います。 なお、電力の供給などの問題もありますが、跳開には、技術的な問題はないそうです。つまり、理論上は可能とのこと。 とはいえ、通行止めにしないといけないし、電気代も莫大なのでなかなか実現しないでしょうね。風の噂では、跳開が停止後も、浅草出身で葛飾区の派出所に勤務するリョーツというお巡りさんが学生時代に無断で開け...
Read more追加:2022/01/01… 明けましておめでとう🎁🎂🎉ございます! #Googlemaps #Google #Samsung...
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