浅草橋須賀神社(団子天王)は、浅草橋駅の北100mほどの台東区浅草橋に鎮座している神社です。旧社格は村社です。
推古天皇9年(600年)の創建です。その頃この辺りでは疫病が流行していました。それに困った人々が牛頭天王(ごずてんのう)に病気平癒を祈ったところ、疫病が快気したため、当地に祠を創建したのが始まりといわれています。 江戸時代には、牛頭天王社、祇園社、蔵前天王社、団子天王社と呼ばれていましたが、明治元年(1868年)須賀神社と改称しました。 社名に団子が付く称され方をしたのは、団子を奉納する祭礼があったことに由来していて、現在も「団子天王社(だんごてんのうしゃ)」と称されることもあります。
大正12年(1923年)関東大震災と昭和20年(1945年)大東亜戦争時の米軍による空襲で社殿は焼失してしまいましたが、その後に再建され、昭和36年(1961年)鉄筋コンクリートの社殿が建立されました。
御祭神は、素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。 天照大御神の弟で、ヤマタノオロチを退治した荒ぶる神です。 家運隆昌、疫病退散などに御利益があります。
神社のある「浅草橋(あさくさばし)」という地名は、台東区の南に位置し、東は隅田川、南は神田川が流れます。 江戸時代から交通の要衝で地場産業が発達し、現在でも玩具、人形、文具などの問屋が軒を連ね近年ではビーズなど手工芸用品の店も増え、花柳界の名残で屋形船の船宿も多く残ります。 浅草橋地区には13の町会があり、毎年5月に「浅草橋紅白マロニエまつり」、夏には「柳ばし盆踊り」「柳北おどり」の2つの盆踊り大会、秋にはハゼ釣り大会、冬には各町会で「もちつき大会」が開催されます。
須賀神社は、日本全国に存在する牛頭天王・須佐之男命を祭神とする祇園信仰の神社です。「すが」は「須我」「清」「酒賀」「素鵞」などとも表記されます。他に祇園信仰に基づく神社名称としては、八坂神社、祇園神社、広峯神社、天王神社、八雲神社、素盞嗚神社があり、時代や資料によって通用されます。 社名は、日本神話において、スサノオが八岐大蛇を退治してクシナダヒメを妻とした後、出雲国須賀に至って「吾此地に来て、我が御心すがすがし」と言ってそこに宮を作ったことに由来するものです。須賀神社の多くは、明治の神仏分離まで「牛頭天王社...
Read more催事の際に近所迷惑を鑑みない騒音・爆音を発し続ける最低の神社です。
なぜか祭事にかこつけて境内で「カラオケ大会」が催され、近所の素人が音程の全くとれていない下手な歌を歌い、それを近隣中に響き渡る爆音で流し続けます。音痴な子どもの歌声は特に苦痛です。
MCのマイクの音量も非常に大きく、200mほど離れた職場でも「今日は二人で何をやってくれますか?」「ありがとうございました〜!」など何を喋っているかはっきり聞き取れるほどの音が響いてきます。
境内に集まった人だけで楽しむのであれば半径20mで音が聞き取れれば十分なはずで、200mも先まで騒音が響くようなボリュームにする必要があるのか、そういった常識的配慮が全くできない神社です。
お祭りは「伝統」だからという意見もあるかもしれません。もちろん地域のお祭は否定すべきではありませんし、お囃子はお神輿を担ぐ掛け声はごく狭い範囲でしか響かないので問題ありません。
しかしスピーカーで拡張した大音量の騒音を垂れ流すことが本当に伝統でしょうか。100年前からスピーカーを使ってカラオケをしていたのでしょうか? そんなわけはありませんね。せいぜいここ数十年のことでしょう。
このカラオケ行事を始めたばかりの頃は良かったのかもしれませんが、今は近隣に高いビルやマンションが増えて密集し、スピーカーの音が立体的に反響します。 カラオケ大会を始めた頃とは周辺環境が大きく変わっています。
また騒音や住民意識も変化しており、こうした時代の変化に合わせて配慮し、運営方法を見直すことは良識ある運営であれば当たり前でしょう。
この神社はそんな当たり前のことができません。
カラオケをやるならマイクやスピーカーのボリュームは1/3でも境内の中だけなら十分に音が聞こえるでしょう。200mも先まで自己満足なだけの下手な歌を押し付けるべきではありません。
そもそも地域のカラオケをやるなら近所の体育館など、室内施設で行うように時代に合わせた変更をすべきではないでしょうか。
こういった当たり前の対応ができるまで、この神社...
Read moreVery small and local shrine. Nice and laid back celebration today; could've been in a village, too. Nice and...
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